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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
真っ黒な頭が産道から姿を現したとき、分娩室のスタッフは皆一斉に僕に目を向けて吹きだした。
造作が僕にそっくりなうえに、シワだらけで父親と区別がつかぬ位だったと後で言われた。 そして,新生児のくせに黒髪がべったりである。言われてみれば成る程白人の赤ん坊に毛は無い。無い訳ではないが色の薄い産毛は全く目に留まらない。 ![]() だがそれ以上に僕にとっての驚きは,その瞬間に父親としての自覚が生まれた事である。迂闊な事に僕は,結婚すれば子供が出来るという自然の摂理を意識していなかった。そのため,初の妊娠でつわりがひどくなったとき、頭が痛いなど言うので精神科の同僚に送ってしまった。そいつも専門馬鹿で腰椎穿刺までして,全く異常ないと言う。 奥さんは妊娠ですよ,と診断を下したのは病棟の看護婦である。 彼女は正しかった。 どうしてわかった? だって酸っぱいものを食べたがるんですもの。 異なものをほしがるのは妊娠の調香というのは、看護婦達には常識のようだった。 そして10ヶ月。未来の父親はオタオタし続けた。 生活保護以下のインターンの給与でどうして養って行くかも含め。 だが,我が子の健気なしわくちゃでぬるぬるの姿を見たとき、父親としての自覚が,ドスンと腹に座った。 養育費は? 何とかなるさ。子供は神様の授かりものだそうだから,養育費ぐらい捻出するのは貴方の責任でしょ,と開き直って。
by n_shioya
| 2014-10-03 21:49
| コーヒーブレーク
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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