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NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
20年前、文芸春秋は「昭和天皇独白録」を公開し、一大センセーションを巻き起こした。
その時編集者はこういうことを述べていた。 “「独白録」は「天皇無罪論」を補強するため天皇ご自身からお話を伺う機会を持ったものとも考えられる。あるいは逆に、昭和天皇みずからが昭和を回想し公正に記録をとどめようとのご熱意を抱かれたとも推察される。他から強いられたとは思えない率直なお話しぶりから、その気持ちが伺える。{中略}いずれにせよ、この「独白録」がいかなる目的のもとに作成されたものであるかは、昭和研究史家の分析を待たねばなるまい。” 其の分析の一つの結果が吉田裕氏の「昭和天皇の終戦史」であろう。 そのご公表されたものも含め、膨大な資料を入念に分析し、「独白録」は東京裁判に向け、天皇の免罪を勝ち取るために、政治的意図で作成されたものと結論付けている力作である。 出版されたのは1992年だからすでに発刊から20年ちかく経っているが、天皇本人の言に基づいて、その戦争責任をこれほど明確にし、又、その議論をタブーにしてきたことの日本国民と国際社会に対してのマイナス面を浮き彫りにした本は、浅学にして他に知らない。 明白である責任問題に蓋をすれば、そこで思考停止が起こる。 丁度、唯の人間を神と信じさせられたため、ウソと真の区別がつかなくなった哀れな戦前派の人たちのように。 ちなみに著者は敗戦の年から10年近く後に生まれ、“天皇の存在そのものをほとんど意識することなしに幼年期・青年期を過ごしてきた。”という。 ![]() この本にとっついている僕を見て、配偶者にはこう言われた。“貴方いつまであの戦争を引きずっているの?” “墓場まで。“僕はそう答えざるを得なかった。
by n_shioya
| 2011-02-05 22:24
| コーヒーブレーク
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Comments(8)
親戚の中に広島で被爆をして血を吐きながら亡くなった方がいると父から聞いたことがあります。
戦争を知らない世代には正直ピンとこない話題でした。 が、先日、英BBC放送で二重被爆者の方をネタに笑い物にした、という騒動があってから「知ろうとしない」私たちも同じではないのかな、と考えるようになりました。 天皇が戦争についてどういうお考えを持っておられたのか純粋に知ってみたいと思いました。 早速読んでみたいと思います。
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ぽんさん:
勝てば官軍とはよく言ったもので、歴史とは商社の歴史です。 太平洋戦争の責任についてややこしいのは、占領軍と天皇側近との思惑が一致して、天皇を免責にするために、事実を歪曲して陸軍に全責任を負わせたため、訳が分からなくなってしまったといえます。 天皇からその役職をはぎ取って、一人の人間として言動を追跡すれば、その実像が見えてくるようです。
今朝(2月26日)の日本経済新聞、安野光雅「私の履歴書」に佐藤忠良のことが書いてあり、その検索からこちらへ来ました。本書を再読したばかりでその偶然に驚きました。私は本書を15年ほど前に一度読みましたが、2月13日から20日まで亡父の慰霊にクエゼリン(マーシャル諸島)に行き、その機中で再読したのです。日本の言論の自由は「世界一」ともいわれる中で、昭和天皇の戦争責任について語ることがタブーとなっていること、それゆえに知識人もものを言わない状態が、こういう著作をきっかけとして打破されればよいと思うのですが、出版以来20年経過しても変化はみられません。なお、私のお勧めは、岩槻泰雄「日本の戦争責任」上下、「売文学者たちの戦後責任」(原書房)です。もしよろしかったら是非ご一読を。
responseありがとうございます。家永三郎の著作では、「戦争責任」(岩波書店)を数年前に図書館で借りて読みました。教科書裁判のイメージから、左翼的なスタンスかと勝手な先入観をもっていましたが、客観的(公平)な視点からの記述であると感じました。
十楽人さん:
家永さんの「新日本史」は発売当時、中学生としては実に新鮮でバランスの取れた記述と感心しました。 当時は天皇に対する批判が足りないとして、反動的ともいわれましたが、それが其の後左翼的と呼ばれるようになったのは、家永氏が変わったのでなく、世間がそれだけ後戻りしたのではと思っています。
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![]() 塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
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