|
NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長が、『アンチエイジングな日々』を
軽快な筆致でつづります。 どうぞお気軽にコメントをお寄せください。 |
10年ほど前、ベルゲンでフィヨルド巡りをした時、同じ列車に乗り合わせた日本人夫婦とお近づきになった。
それが菅沼ご夫妻で、御主人は理研にお勤めの科学ジャーナリストで、ご夫人はゲド戦記の翻訳で知られる児童文学者清水真砂子さん(旧姓)だった。現在は青山学院で教えられている。 帰国後も文通は続き、ご著書をいただいたり、お食事を一緒にさせていただいたり、頻繁ではないが、親しい交流を続けてきた。 来年で定年なのでその前に一度学生たちに講義を、とのお申し出を受け、二つ返事でお引き受けし、今日その責務を果たしてきた。 講義のタイトルは「容貌のメッセージ性」。 我ながら厚かましいテーマだと思ったが、長年美容形成外科に携わってきて、さまざまな患者の悩みに接し、その集大成としてこれから取り組みたい課題だったからである。 形より心とよく人は言うが、どっこい人の気持ちはそんな建前で片づけられるものではない。 容貌のコンプレックスをメスで和らげるのが美容外科と僕は心得ている。 美は主観的なものともよく言うが、明らかに大方の認める美の基準は存在する。 たとえば白雪姫の顔を鬼婆で置き換えてごらんなさい。ぶち壊しでしょう。 つまり類型化が可能ということは、美の基準があるということではないか。 誰でも人に好かれたいし、人を不愉快にはしたくない。 だが、容貌が自分を裏切って、発したいメッセージと逆に人を不愉快にするとしたら、その苦しさはいかばかりであろう。 シラノは類まれな文才があり、素晴らしい恋文をかけたが、その世にも不愉快な醜い鼻がそのメッセージをぶち壊すと信じていた。 その朋友、クリスチャンは素敵な男振り、今で言うイケメンだったが、哀れにも言葉を操るすべを知らなかった。つまり顔にふさわしいメッセージを発信できなかったのである そして二人で、絶世の美女ロクサーヌに恋の合作をしかけて、ドラマは展開していく。 これが名作「シラノ・ド・ベルジュラック」だが、僕はここに容貌のメッセージ性が描かれていると思った。もちろんこの戯曲の真髄はシラノの演ずる「男の美学」であることは言うまでもないが。 容貌とその発信したいメッセージとの乖離。 このギャップを、メスによって安全に埋めるのが美容外科の使命、と熱弁をふるったが、50人ほどの学生の中で、シラノを知っていたのはわずか数人。読んだものは一人もいなかった。 それでも僕のつたない話に耳を傾けてくれた。 “今日の僕の話など忘れてもよい、だが、卒業までにぜひこのフランス文学の最高傑作「シラノ・ド・ベルジュラック」を読んでほしい”、とアピールして講義を終えた。
by n_shioya
| 2009-07-03 22:54
| 美について
|
Comments(9)
今日のエントリー、これまた素晴らしい!ですね。
唸りました...♪。 アンチエイジングの、いや、美の真髄..、見せていただきました。 先日、先生のお近くまで、1人ぶらぶら散歩を..。 ハマの潮の香り、存分に味わって参りました。
0
Commented
at 2009-07-04 03:47
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented
at 2009-07-04 03:48
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
先生、「シラノ」の終幕「シラノ週報の場」のラストシーンで、シラノは醜いまま遂にロクサーヌの愛を勝ちえた、と私は解釈しています。先生はどう思われます?
Commented
by
ruhiginoue at 2009-07-04 22:57
芥川龍之介が師匠の夏目漱石から絶賛された『鼻』も傑作です。
しかしアメリカではアフリカ系の人が鼻の特徴を手術で変えることについて、気になるのは事実だが原因は人種差別だから顔を変えるのは間違いという指摘もありますね。 急死したマイケル=ジャクソンも、父親に似ているのが嫌だったから手術ばかりしていたと言っていたけど、彼の父親は黒人貧困家庭ではよくある横柄な亭主で、人種差別のはけ口としてDVになることは、アリス=ウォーカーのビューリッツアー賞小説で映画にもなった『カラーパープル』に描かれているし、ティナ=ターナーの顔も美容ではなく実は離婚した夫に殴られて形成外科の世話になった偶然の結果だそうです。 日本ではアイヌ系の人が毛深いから差別されると脱毛していたりします。 外見とは社会的にデリケートな問題ではないでしょうか。
Commented
by
n_shioya at 2009-07-04 22:57
Commented
by
n_shioya at 2009-07-04 23:10
ハドソンさん:
コメントありがとうございます。 僕も漫画は大好きで、手塚治虫はもちろんゴルゴ13、さらには萩尾望都の「ポーの一族」などまでも親しんでいます。 そしていま、マンガにおける容貌の類型化をヒントに、容貌のメッセージ性を掘り下げてみようと思っているところです。
Commented
by
n_shioya at 2009-07-04 23:13
valkyries さん:
もちろんそう思います。だからこそ最後まで打ち明けずに、羽飾りをつけて意気揚々と昇天できたのではないでしょうか。
Commented
by
n_shioya at 2009-07-04 23:26
ruhiginoueさん:
デリケートかつ複雑なイッシューでもあります。 ユダヤ人がユダヤ鼻の手術を希望するときは、やはり人種差別から逃れたい、彼らの言葉を借りれば、「虚栄心といわれては困る。美しさを望んでいるのではない。われわれは唯、目立たなくなりたいだけだ」ということのようです。 今同じようなことが、9/11以降、在米のイスラム教徒の間で起こってていると聞きました。つまりファンダメンタリストと取られたくないという気持ちのようです。 ちなみに鼻を小さくする手術を100年前に始めたヨゼフ医師はやはりユダヤ人で、自分の名前をジェコブといういかにもユダヤの名前からからジャックに変えています。
|
塩谷信幸
1931年生まれ
東京大学医学部卒業 北里大学名誉教授 北里研究所病院形成外科・美容外科客員部長 AACクリニック銀座 名誉院長 NPO法人アンチエイジングネットワーク理事長 見た目のアンチエイジング研究会代表世話人 東京米軍病院でのインターン修了後、1956年フルブライト留学生としてアメリカに渡り、オルバニー大学で外科を学ぶうちに形成外科に魅了される。数年の修業の後、外科および形成外科の専門医の資格を取得。 1964年に帰国後、東京大学形成外科勤務を経て、1968年より横浜市立大学形成外科講師。1973年より北里大学形成外科教授。 1996年に定年退職後も、国際形成外科学会副理事長、日本美容外科学会理事として、形成外科、美容外科の発展に尽力している。 現在は、北里研究所病院美容医学センター、AACクリニック銀座において診療・研究に従事している。 >>アンチエイジングネットワーク >>NPO法人創傷治癒センター >>医療崩壊 >> 過去のブログはこちら(2005年5月26日~2006年5月26日)
以前の記事
検索
カテゴリ
全体 アンチエイジング スキンケア 医療崩壊 キズのケア QOL 老年病 介護 手術 全身療法 食生活 サプリメント エクササイズ エステティック ヘアケア 美について コーヒーブレーク 医療全般 原発事故 睡眠 美容外科 再生医療 再生医療 未分類 最新のコメント
フォロー中のブログ
ICELANDia アイ... 九十代万歳! (旧 八... ・・・いいんじゃない? 京都発、ヘッドハンターの日記 美容外科医のモノローグ ArtArtArt 芙蓉のひとりごと 真を求めて 皆様とともに... ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
|
ファン申請 |
||