「内沼先生、おめでとうございます。ひと月前は僕が喜寿を祝ってもらい、今日は先生の還暦をお祝いすることができ、まことに幸せです。
僕が６０歳になった時、還暦なんてしないでいいよ、と言ったら、『塩谷教授生誕６０年記念』といって皆で祝ってくれたのを今思い出しています。

１７年の先輩として、一言。
君も定年まであと５年。
その５年をどう使うか、今までの６０年を振り返るのも必要でしょう。
だが、定年の先に何をするか、その準備も大切です。
人間の最高寿命は約１２０歳と言われている。下手をすると君もまだ更に６０年の人生を与えられるかもしれない。

６０になったときぼくは、わがままを言って君に臨床をすべて任せ、実験室にこもることにした。
診療は定年後も続けることは可能だが、実験だけは大学の立場が必要だというのが僕の読みで、生物学者になり損ねた僕としては、許された最後の５年は顕微鏡を睨み、試験管振りに没頭してみたかったのだ。

君は僕のわがままを許してくれた。
そして僕は学生と一緒に、分子生物学の実習を受けた。
その延長線上に発展したのが、今僕が関わっている『創傷治癒』という古くて新しい分野である。
そして僕はさらに今、『アンチエイジング医学』の世界の探求を始めている。

君にとってこれからの５年は定年後への準備期間であり、助走の時である。
是非有効に使ってほしい。
また今日お集まりの教室の方々も、内沼教授の将来の目標が何であれ、ぜひ教授を支え、教室をさらに発展させてほしい。」

というのが、還暦を迎えた内沼教授への、前任者としての今日のお祝いの席でのはなむけの言葉だった。