昨日は、小曽根真さんのインタヴューを銀座にある所属事務所でやってきました。これは、ダイナースクラブの会報誌『シグネチャー』の3月号に掲載される予定です。小曽根さんは6月に「ダイナースクラブ・クラシックコンサート」(仮)を開くことになっています。その告知を兼ねたインタヴューというのが趣旨です。
小曽根さんは1983年に「カーネギー・ホール」内の「ウェイル・リサイタル・ホール」でコンサートを開き、初めて米CBS(現ソニー)と契約した日本人ジャズ・プレイヤーとして華々しいデビューを飾りました。留学中だったぼくは、偶然このコンサートを客席で観ていました。バークリー音楽大学を主席で卒業した直後の小曽根さんですが、ニューヨークにいたぼくはまったく彼のことを知りませんでした。
コンサートは、「JVCジャズ・フェスティヴァル」(現在の「クール・ジャス・フェスティヴァル)」の一環として行なわれたものです。フェスティヴァルの告知には「OZONE」と書かれていただけです。ぼくは、てっきり新しいフュージョン・グループかなにかと思って会場にいったら、日本人の若いピアニストがひとりでステージに出てきて、オスカー・ピーターソンもびっくりするような超絶技巧を披露したので驚かされました。
当時は、ウイントン・マルサリスで代表されるように、完成度の高い技術や表現法を身につけた若いミュージシャンが何人か登場していて、小曽根さんもそんなひとりでした。とにかくこのコンサートで彼の存在を知った直後、今度はウイントンと同じCBSと契約したというニュースが伝わってきて、日本人のぼくとしてはとても誇らしい気分になりました。
翌年、帰国してぼくはジャズの原稿を書くようになったんですが、そのころに小曽根さんも日本デビューを果たし、その記者会見を兼ねたミニ・ライヴが六本木の「サテン・ドール」で開かれました。ぼくもその場にいたのですが、すでに小曽根さんのライヴを体験していたものとして、内心、「彼がピアノを弾いたらみなさん度肝を抜かれるだろうな」とおおいに期待していました。そして、結果は期待どおりです。
最初に小曽根さんの演奏を聴いてから、25年近くが過ぎました。そして、いまでは日本のトップ・ピアニストとして、さらには世界のオゾネとして、国際的な大舞台で活躍しています。ぼくはまったくの傍観者ですいが、それでもずっと気にかけていた大好きなピアニストが高く評価されている姿に接することは嬉しいものです。
そして、大変名誉なことに、今回のインタビューは小曽根さんからのご使命でぼくが選ばれたとのことです。こういうのって、音楽の原稿を書いている人間にとってはとても嬉しいことですし、今後の励みになります。
6月のコンサートでは、「モーツァルトのピアノ四重奏 第一番ト単調」とガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」、それにそのときのお楽しみとして、場内の雰囲気に呼応しての即興演奏も予定しているそうです。最近はクラシックの演奏会でピアノを弾く機会も増えている小曽根さんですが、今回が自分の名前で開く初めてのクラシック・コンサートだそうです。
インタヴューでは、興味深いお話がうかがえました。2004年に小曽根さんは、1学期だけですが、クラシックの名門として知られるイーストマン音楽院に入学したそうです。そのときのことを、こんな風に語ってくれました。
「クラシックの勉強って、実はほとんどしていないんです。唯一、正式に学んだのは2004年に1学期間だけイーストマン音楽院に入学して、ピアノの奏法をメインに、ルネッサンス時代の対位法、あとは指揮法や作曲法を学んだことです。これは楽しかった。マンハッタンにもアパートがあったんですけれど、ロチェスターにも部屋を借りて学校に通いました」
しかし楽しかった反面、クラシックのことを知れば知るほど怖くもなったそうです。
「クラシックの場合は、ひとつの音について、その強さとか長さまで厳密に考えられているんですね。それをきちんとやらないと評価されない。しかも教わる先生によって考え方が違いますから、そこがジャズとは正反対なんです。ですから、最初はピアノを弾くのが怖くなったこともあります」
ぼくはこの話を聞いて、小曽根さんの謙虚さと音楽に対する誠実さを強く感じました。すでに世界的に評価されているピアニストが、その名声を忘れてひとりの学生として素直に音楽を学んでいる。こういう姿勢が、小曽根さんの音楽には貫かれていると思います。
このところよく聴いている小曽根さんの新作『FALLING IN LOVE, AGAIN』は15年ぶりのソロ・ピアノ集です。これが心地いいんですね。ぼくは『CDジャーナル』のレヴューでこんなことを書きました。今日はそれを紹介して終わりにしたいと思います。
この15年で小曽根の音楽に対する接しかたや考えかたも変わってきたようだ。オープニングがジョン・レノンの曲ともいうのも意表をつかれるが、これが実にいい。ビートルズやエルヴィス・コステロ、さらにはアストル・ピアソラの曲まで取りあげる柔軟さ。88個の鍵盤上を、その柔軟さ以上に10本の指が奔放に動き回る。そして小曽根ならではの音楽が颯爽と奏でられていく。ニューヨークに移り住み、いま一度ジャズとは何か、自分は何者なのかを自問自答し、さらには世界観まで変わってきたのかもしれない。「Improvisation」と題された5曲で示す幅広い音楽性。それらを通して、テクニックはもちろんのこと、それを超えることで到達できる普遍の音楽、いい換えるなら、音楽の桃源郷のようなものまで伝えているのがこの作品である。さまざまな表情を示す小曽根のピアノはどれも耳に心地よい。しかもスリリングだ。まさに至福の1時間が楽しめるアルバム。