しばらく前に、ある方から非公開コメントで、「来日しているスティーヴィー・ワンダーのエンジニアが小川さんとコンタクトを取りたがっている」とのメッセージをいただきました。スティーヴィー・ワンダーには思い当たる節がありません。何だろうとさっそくコンタクトを取ってみました。

この人物はダニー・リークといって、スティーヴィーのアシスタント・エンジニアでした。ぼくがプロデュースした『ESP』をアメリカでリリースすることにについて相談したいとのことです。
『ESP』はこのブログでも紹介したことがありますが、マイルス・デイヴィスのグループに在籍したボビー・ブルーム、ロバート・アーヴィング三世、ダリル・ジョーンズの3人と、カーティス・メイフィールドのバック・バンドで活躍したドラマーのトビー・ウィリアムスが結成したグループです(写真右から)。

1992年にシカゴで録音していますから、15年前の話です。いまごろどうして? と思ったのですが、ダニーによれば、リーダー格のアーヴィングがニュー・レーベルを作ったので、そのレーベルから出せないものかとの打診でした。
アーヴィングとは10年くらい話をしていません。数年前にぼくは引っ越したので、彼からコンタクトが取れなくなっていたんですね。ニューヨークのアパートに電話してくれればすぐにコンタクトが取れたのに、そこまでは考えが及ばなかったようです。
その晩、さっそくシカゴからアーヴィングが電話をかけてきました。それでわかったのは、彼が新しいレーベルを作ったこと、そしてそのレーベルから『ESP』を出したいこと、それについてはキーボードの音を今風のものに入れ直して、ヴォーカル・トラックも新しいものに差し替えたいとのことでした。
そういう操作をするには、マルチで録音したマスターテープが必要です。ビジネス面での交渉は別にして、マスターテープの所在を確認したということで、ぼくに連絡をしてきたわけです。

アルバムの背景を紹介しておきましょう。『ESP』は、パイオニアLDCのグラスハウスというレーベルからリリースされました。パイオニアLDCは映像が専門ですが、たまたまたスイングジャーナルの編集者だったひとが、LDCの製作部門に転職したんですね。それで、ジャズ系のCDが作りたくなったんでしょう。
そのことで相談を受けたぼくは、最初、アメリカ人のプロデューサーを何人か紹介しました。しかしどうもLDC側の意にかなわなかったようで、結局ぼくがプロデューサーに任命されました。このレーベルは2年ほどしか存続しなかったのですが、その間に10枚弱のアルバムをリリースしています。そのなかのひとつが『ESP』でした。
そういうわけで、マスターテープはLDCが保管しているはずです。ところがLDCは、その後にジェネオンミュージックエンタテインメントと社名を変え、元スイングジャーナルの社員もずいぶん前に退社してしまい、現在グラスハウスにかかわっていたひとはひとりもいません。
そこで知り合いのジェネオンのディレクターにこの話をして、マスターテープを探してもらいました。しかし答えは「見つからない」です。引越しをしたり、管理体制が変わったりして、どこかに紛れ込んでいるのかもしれません。
アーヴィングにこの経緯を話して、この件はペンディングというか、引き続きジェネオンには探してもらうことで、ひと段落がつきました。

そして、先日です。アーヴィングが作ったレーベル、Sonic Portraitsのパートナーであるスティーヴ・ヘルパーンが来日しました。このレーベルは、アーヴィングとぼくの大好きなドラマーのテリ・リン・キャリントン、それとステーィヴが共同経営者のようです。
第1弾が3月に出たアーヴィングの新作『New Momentum』で、2作目が5月に出るテリの新作だそうです。そのラインアップに『ESP』のニュー・ヴァージョンを加えたいとのことでした。ジェネオンのひととも会ったようですし、本気でこのアルバムをアメリカで出したがっている様子でした。
彼と話しているうちに、ひとつの可能性を思い出しました。ひょっとしたら、マスターテープはシカゴのスタジオに残されたままかもしれません。
ぼくの仕事は、レコーディング後にミックスダウンとマスタリングを行ない、完パケの状態になったテープをLDCに渡すことです。マスターテープの管理や日本への配送はぼくの業務に入っていません。それを担当したのは、当時アメリカに駐在していたLDCの社員か、コーディネーションを担当した方です。彼らが日本に送り出したかどうかは未確認です。
LDCのために行なったほかのレコーディングで、こんなことがありました。4年も5年も経ってからのことです。そのときに使ったニューヨークのスタジオから、ぼくのところに「保管してあるマスターテープを引き取ってほしい」と連絡があったんですね。LDCは制作会社でもあるのですが、配給会社的な感覚が強くて、マスターテープのことまであまり気が回っていなかったことはたしかです。
本来は所在をきちんとすべきですが、そこがずさんでした。そういうわけで、ひょっとするとシカゴのスタジオに置き去りのままかもしれません。でも15年が過ぎていますから、そうだとしたら処分されている可能性もあります。
スティーヴには、シカゴのスタジオにも連絡してみるよう、話しました。でも、見込みは薄いでしょう。ぼくの手元には完パケになったマスターテープのコピーがあります。現在の技術を使えば、これを用いてある程度のことはできます。
ただし、プロデューサーとしてひとことスティーヴには話しておきました。オリジナルのサウンドを作り直すのは、あまりいいこととは思えない、と。これはアーヴィングにも電話で話しておいたことです。
『ESP』は、いま聴いてもかなりの出来だと思っています。ぼくとしては、オリジナルの形で出してほしいと思うのですが、アーティストにしてみれば、いろいろ直したいところがあるのでしょう。彼らがどういう結論を出すのか、それも楽しみです。