いつもならその月の最後に総集編を紹介するのですが、今回は現在小僧comのWEBにアップされているエピソードで最終回となりましたので、3月分とその後の2回分を合わせて、ここにまとめて紹介します。
「愛しのJazz Man」はタイトルも気に入っていますし、まだ書きたいこともありますので、今後は不定期になりますが、こちらのブログで継続していこうと思います。
4月10日には無事『愛しのジャズメン』も発刊されました。こちらの本はこの連載と若干内容が重なる部分もありますが、基本的には書き下ろしです。それで、宣伝になりますが、ただいま小僧comでぼくのサイン入りの本も扱っています。興味のあるかたは
http://www.kozocom.com/books/index.htmlをチェックしてください。
また、版元の東京キララ社でも特典つきの限定版が販売されています。
http://blog.dokei.jp/
5月19日の「ONGAKUゼミナール・駒場東大前」でも、テーマを「愛しのジャズメン・パート2」とすることに決めました。前回は参加者が少なかったし、本もまだできていなかったので、今回もこのテーマがちょうどいいと思います。
このときまでには河出書房新社から『ジャズマンはこう聴いた! 珠玉のJAZZ名盤100』も出ていると思いますので、内容はこれらふたつの本を掛け合わせたようなものにしようかなと考えています。
それでは、最後の総集編です。
#034:Kankawa 寒川敏彦(org)
ぼくの世代なら『11PM』というテレビ番組を覚えていると思う。月・水・金が東京の日本テレビ制作で司会が大橋巨泉、火・木が大阪の読売テレビ制作で司会が藤本義一だった。この番組の火曜と木曜のエンディング近くに、あるときからやけに唸り声の大きなオルガン・プレイヤーが登場し始める。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00034.html
#035:Tsuyoshi Yamamoto 山本剛(p)
ぼくが知り合ったジャズ・ミュージシャンの中で、一番古くからつき合いをさせてもらっているのがヤマちゃんの愛称で知られる山本剛さんである。「日本のエロール・ガーナー」などと呼ばれているこのピアニストと知り合ったのは1970年代初めのころだ。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00035.html
#036:Mercer Ellington マーサー・エリントン(orchestra leader)
アメリカのポピュラー音楽史上代表するひとりが、名バンド・リーダーにして名作曲家でもあったデューク・エリントンだ。彼はみずからが率いるオーケストラのために、数千曲ともいわれる作品を残している。ジャズはもとより、ポップ・チューンや宗教音楽、ときにはクラシックの手法にのとった曲まで書いているから、想像ができないほど豊かな才能に恵まれていたのだろう。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00036.html
#037:Benny Carter ベニー・カーター(as)
その年齢にもかかわらず、前向きな姿勢で演奏を続けてきた最高齢のミュージシャンがベニー・カーターだ。1907年生まれの彼は、1990年代になってからも来日公演を行ない元気なところを聴かせてくれた。昔の名声にすがって演奏だけはしているというひとなら、この年齢のミュージシャンもいるにはいる。しかしカーターのようにオーケストラを率いて、いまだに作・編曲もみずからの手でこなしているミュージシャンはほかにいない。その音楽もいまの時代にあって、なお示唆するものが多いのだから驚きだ。いったいカーターの若さはどこからくるものなのか?
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00037.html
#038:Billy Eckstine ビリー・エクスタイン(vo)
ミスターBことシンガーのビリー・エクスタインは、マイルス・デイヴィスが世に出るきっかっけとなったオーケストラのリーダーである。1944年、マイルスは高校を卒業して地元のイースト・セントルイスでミュージシャンの道を歩み始めていた。そんなある日、街に彼のオーケストラがやってくる。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00038.html
#039:Hank Mobley ハンク・モブレー(ts)
幸運なことにハンク・モブレーとは一度だけだが会うことができた。マンハッタンは43丁目の「タウン・ホール」に隣接するニューヨーク大学のクラブ・ハウスでのことだ。
1985年2月22日。この夜、「タウン・ホール」ではブルーノートの新たな活動を祝うコンサート「ワン・ナイト・ウィズ・ブルーノート」が開催された。出演者のリストには入っていなかったものの、ブルーノートに幾多の名盤を残したモブレーがオールスター・メッセンジャーズに加わって演奏するのでは? という噂も流れていた。
コンサートで音楽監督を務めるマイケル・カスクーナによれば、モブレーは1970年代初頭に故郷のフィラデルフィアに戻って以降、肺疾患に悩まされ、年に数度の演奏しか行なっていないという。それでも彼からの連絡によれば、この日は久々にニューヨークへやってくることになっていた。体調さえよければステージにあがるという返事も受けていた。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/a00039.html
#040:Miles Davis マイルス・デイヴィス(tp)
ぼくがジャズに本気でのめり込むようになったのは、マイルス・デイヴィスのレコードを聴いたからだ。それまでにも少しはジャズを聴きかじっていた。ところが高校2年のときにラジオから流れてきた『マイルス・スマイルズ』(ソニー)に心を奪われてしまった。以来、彼を中心に40年、ジャズを聴き続け、いまのぼくがある。
そのマイルスに初めてインタビューをしたのは1985年のこと。そのときになぜか気に入ってもらえたようで、以来、彼がこの世を去るまでの6年間、東京のホテルやニューヨークのアパート、晩年はホテル住まいをしていたから、セントラル・パークが眺望できるスイート・ルームなどでいろいろな話を聞かせてもらった。
全文は
http://www.kozocom.com/entertainment/music/index.html