今年最初のMHRはカーリー・サイモンの新譜です。70年代の彼女はジェームス・テイラー絡みもあって大好きな女性シンガーのひとりでした。彼女とキャロル・キングのレコードがなければ夜も昼も明けない、というのは大袈裟にしても、ロックというかポップスというか、そういう音楽についてのイメージをぼくの中で大きく変えくれたのが彼女たちでした。
シンガー・ソングライターというには、あまりにも存在感が大きかったといえばいいでしょうか。それまでのシンガーソングライターには、男性にしろ女性にしろ、どこか4畳半的というか家内工業的というか、あるいは自己満足的というか、好きなことをやっていればそれだけでいい、といったなりふりを構わないイメージがありました。
しかし彼女たちの登場によって、もっと職業的っていうんでしょうか、スケールの大きなものが感じられたんですね、音楽的にもビジネス的にも。全米ナンバー・ワン・ヒットになった「うつろな愛」が、ぼくにはひとつの突破口でした。どちらかといえば、当時はジェームス・テイラーのほうがしこしこと好きなことをやっている印象で、それはそれで素晴らしいことなんですが、それとは違った表現もあるんだなということをカーリー・サイモンは示してくれたように思います。このあたりのことは、いまとなってはうまく表現できないのですが、とにかくそう感じたんですね。
あのころは音楽に関する情報も、いまのように裏の裏まで入ってきませんから、純粋に音楽そのものを楽しんでいました。そのほうがよかったな、と思うこともあります。なぜ、そんな昔のことを思い出したかといえば、2曲目に「オー・スザンナ」が入っていたからです。ジェームス・テイラーもカントリー・ロック調にアレンジして、この曲をあのころ歌っていました。そのギターのアレンジがかっこよくてコピーしたんですけれど、これが難しい。結局は完全コピーができなくて、一部を適当に誤魔化して、何とか最後まで弾けるようにしたんですけれどね。でも、こういう誰でも知っている小学校唱歌のような曲でも、アレンジ次第でこんなにかっこよく弾けるんだと教えてくれたのがこの曲でした。
脱線しますが、これ、フォスターの曲ですよね。ジャズでも、もう少しあとに佐藤允彦さんのアレンジでニューハードだったと思いますが、フォスター集が出ています。これもかっこよかったですね。ビッグ・バンドをやっていたら、物まね小僧(もう大人でしたが)のぼくは絶対にコピーしていたでしょうね。
別にこのアルバムの紹介をするつもりはないんで話はさらに脱線していきます。カーリー・サイモンに浮かれていた熱も80年代に入ると醒めてしまいます。そのころから、彼女はシンガー・ソングライターというより、ヴォーカリストの印象が強くなってきました。ジャズのスタンダードを取り上げた作品も何枚か発表しています。気になる存在だったので、発表されるアルバムのすべてをきちんと聴いてきたわけではありませんが、それでも大半は買っていると思います。
今回の作品もニューヨークで売っていたんですが、そのときは買いませんでした。そのうち日本で機会があれば買おうかな、程度の気持ちだったんです。ところが、日本に帰ってみたら、有難いことにレコード会社からサンプル盤が届いていました。
こういう仕事をしていると、あちこちのレコード会社から毎月サンプル盤が送られてきます。これはこれでとても有難く嬉しいことです。でも、こういう形でもらったものって、何か違うんですね。気に入ったものは、自分でお金を出してもう一度買います。まったく同じものなんですけれど、そこがぼくのお馬鹿なところで、こうやって無駄使いをしてしまいます。
でも、もらったもので事足れりと思うような音楽生活はしたくありません。音楽のことだけで食べている評論家なら、それもいいでしょう。でも、ぼくはそれ以前に音楽ファンですし、本業も別にあります。ですから、評論家と自分から名乗ったことは一度もありません。というわけで、音楽ファンであるぼくは、当たり前のことですけれど、聴きたいものは自分で買います。
このカーリー・サイモンも、サンプル盤を聴いた途端にAmazon.comでワン・クリックしてしまいました。こうしてまた物が増え、お金が減っていきます。物が増えるのは問題ですが、音楽にお金を使うのはおおいに結構なことと考えています。
音楽で得た収入はすべて音楽に使う。これをモットーにしてきたのは、そうすることで結局は回りまわってまた自分に何らかのものが跳ね返ってくるからです。音楽で稼いだ分は音楽業界に戻します。それで今日も気持ちよく仕事ができるなら、それに越したことありません。
そうそう、「オー・スザンナ」で懐かしい思いに耽っていたら、4曲目には「ユー・キャン・クローズ・ユア・アイズ」も入っているじゃないですか。タイトル曲はキャット・スティーヴンスの曲ですし(『父と子』なんてアルバム、どのくらいのひとが知っているでしょう?)、カーリー・サイモンがぼくと同世代であることをつくづくとこのアルバムで感じさせてもらいました。
ほかの曲も懐かしかったり、思い出の多いものだったりで、彼女が同じ時代を生きてきたひとだなぁということを強く感じました。こういうアルバムと出会えるから人生は楽しいし、このアルバムを聴きながらいたるところでほっとしている、最近のぼくです。
「ブラックバード」、「カーニヴァルの朝」、「さらばジャマイカ」、「スカボロー・フェア」、「虹のかなたに」、「マイ・ボニー」・・・どれもほろりとさせられます。