
読書の秋も終わりそうですが、今年は聴きたい新譜がたくさん出た秋でした。とりわけ発売を楽しみにしていたのがサディスティック・ミカ・バンドの『ナルキッソス』です。加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋ユキヒロのオリジナル・メンバーに、今回は木村カエラがシンガーとして加わっています。そこで、バンド名も英語表記の場合はSadistic Mikaela Bandとなっています。こういう遊び心、ぼくは大好きです。
肝心の内容も素晴らしい。加藤さんがインタヴューで、「これまでで一番うまい」とカエラさんのことを褒めていましたが、それはそうでしょう。初代のミカさんにしても再結成されたときの桐島カレンさんにしても、シンガーとしてのキャリアはなかったひとですから、彼女たちにくらべれば全然実力が違います。とはいっても、前任者のしろうとっぽいヴォーカルも好きなんですけどね。
で、当然のことながら<タイムマシンにおねがい>が再演されるわけですが、これが最高です。オリジナル・ヴァージョンとアレンジは同じっていうか、コピーしただけのような感じではあります。ですが、こちらのほうがオリジナルでは? と思うほど見事な出来映えになっていました。初回限定盤についているDVDでは、この曲のレコーディング風景や野外のステージでのシーンなどが登場します。それもぼくにとってはわくわくする内容でした。

そのときのインタヴューで高橋さんが「まさか全曲ドラムスを叩かされるとは思っていなかった」といっていますが、これには「おいおい、あんたドラマーだろ」といいたくなりました。この言葉で象徴されているように、ミカ・バンドが活動していた30数年前といまとでは、当然音楽の制作の仕方が変わっているわけです。でも、今回は原点に戻ったということでしょう。
古い世代のぼくには、こうした音作りのほうが自然に聴こえます。もちろん打ち込みやコンピューターも駆使しているんでしょうけれど、それに主体を置くのではなく、きちんとメンバーが自分の手で楽器を演奏して歌う、当たり前のことですが、そういう過程を経て作られたのが今回のアルバムなんでしょう。実際はどうだったか知りませんが。
録音のありかたと共に、もうひとつぼくがこの作品を聴いて思ったのは、カエラさんを別にすれば、ミカ・バンドのメンバーはみんなぼくと同じような世代だってことです。したがって、同じようなロック体験、音楽体験をしているんでしょう。ですから、共通のロック言語みたいなものがあるんだと思います。
ぼくがもすんなりと入っていけたり共鳴することができたりするのもそこに理由があると思います。大半の曲はぼくの好みです。とくに加藤さんのヴォーカルをフィーチャーした<イン・ディープ・ハート>がよかったですね。いかにも加藤さんらしいメロディ・ラインが、懐かしさと共にいまの時代にもこういうロックは魅力的だと思わせるものがあります。あとは<タイムマシンにお願い>の続篇みたいな<ビッグ、バン、バン!>もご機嫌です。

思い出すのは、ミカ・バンドが『黒船』を出したときです。調べてみると、このアルバムは1974年に出ているんですね。ヨーロッパでもアルバムが発売されることになって、そのためにプロデューサーもバッドフィンガーやロキシー・ミュージックの作品なんかを作っていたクリス・トーマスが迎えられました。このアルバム、いまだにぼくのフェイヴァリットですが(これに<タイムマシンにお願い>も収録されています)、このアルバム発売にあわせて新宿の厚生年金ホールで彼らのライヴがありました。そのときに、ミカさんが天井から吊るされたブランコに乗って<タイムマシンにお願い>を歌いながら降りてきたんですね。その印象が鮮烈で、いまもこの曲を聴くとあのシーンが思い出されます。
このアルバムでミカ・バンドのことがすっかり好きになったぼくですが、その前に発売されたデビュー作の『サディスティック・ミカ・バンド』にはぴんときませんでした。それというのも、フォークルや加藤さんのソロ・アルバムとかなり路線が違っていたからです。
その上、グループ名もプラスティック・オノ・バンドのコピーですし、シングル・カットされた<サイクリング・ブギ>もダウンタウン・ブギウギ・バンドの<スモーキング・ブギ>のパクリのようで、しかもオノ・バンドもダウンタウンもミカ・バンドと同じ東芝からアルバムがリリースされていることもあって、何となく二番煎じの印象だったんですね。
しかしクリス・トーマスがプロデュースした『黒船』は、ミカ・バンドにグラム・ロックをさせることでイメージを一新させました。1作目でもその傾向はあったんですが、グラム・ロックの本場から来たプロデューサーによって、ミカ・バンドは本物の味付けが施されたんでしょう。ぼくはこのころから、ジャズでもロックでもプロデューサーの存在の大きさを強く認識するようになります。
ミカ・バンドはこのアルバムがイギリスやアメリカでも発売され、その後にロキシー・ミュージックの全英ツアーにオープニング・アクトとして参加します。ぼくは『黒船』のイギリス盤もアメリカ盤も持っていますが、とくにイギリス盤はヴィニール・コーティングされたジャケットがとてもいい感じです。
その後ミカさんは離婚してクリス・トーマスと再婚しますが、そういうことでミカ・バンドも4枚のアルバムを残して解散しました。その後、加藤さんはソロ活動をスタートさせ、その中では最初に発売された『それから先のことは』もぼくの中では名盤中の名盤です。とくに<シンガプーラ>と<それから先のことは>を聴いていると、自分の人生や生き方のことを考えさせられます。
といったことをぐだぐだ書いていくといつまでたっても終わりませんので、今日はこのくらいで。
そうそう、このところiPOD、カー・ステレオ、そして家のオーディオ装置をフル稼働させて聴いている新譜をメモしておきます。
『サム・ムーア/オーヴァーナイト・センセーショナル』(ワーナー)
『トニー・ベネット/デュエッツ:アメリカン・クラシックス』(ソニー)
『アーロン・ネヴィル/ソウル・クラシックを歌う』(ソニー)
『ジョニー・キャシュ/アメリカンV:ア・ハンドレッド・ハイウェイズ』(ソニー)
『ダイアナ・クラール/フロム・ディス・モーメント・オン』(ユニバーサル)
『ダイアナ・ロス/ブルー』(ユニバーサル)
『スモーキー・ロビンソン/タイムレス・ラヴ』(ユニバーサル)
『ロッド・スチュワート/グレイト・ロック・クラシックス』(BMG)
『フリオ・イグレシアス/今宵もロマンティック~ロマンティック・クラシックス』(ソニー)
こうやってみると、すべてヴォーカル。アルバム、そしてカヴァー集というか「クラシックス」という言葉が使われているアルバムが随分多いことがわかります。ここにぼくの懐古趣味が反映されているようです。