
ぼくがジャズを好きになったきっかけは、ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツの共演した『ゲッツ=ジルベルト』です。そのときには気がついていなかったのですが、大げさにいえば人生の素晴らしさを教えてくれたのがそのレコードでした。
ジョアン・ジルベルト。
あれから彼のレコードはどのくらい聴いてきたでしょう? 『ゲッツ=ジルベルト』だけでも何枚もレコードを買い換えました。CDも音質が向上するたびに聴き入っています。留学中に初めて「カーネギー・ホール」で聴いた生のジョアンにも感動しました。
来日はあり得ないといわれていたジョアンが、21世紀になって奇跡と呼ばれるステージを日本でも聴かせてくれるようになりました。今回は3回目の来日ですが、相変わらずのマイ・ペースぶりに、苦笑しつつも感動した一夜を昨日は過ごすことができました。
「開演時間は予定です。アーティストの都合で開演時間が遅れる場合がございますので予めご了承ください」
コンサートの広告にこういう一文が載せられています。「開演時間が遅れるかもしれない」なんて告知されるアーティストは他に知りません。ジョアンは遅刻の常習者なんですね。これまでの来日でも、時間どおりに始まったことは一度としてなかったんじゃないでしょうか。ぼくが観に行ったときもそうでした。

それは昨日も同様です。このマエストロは開演時間の5時になっても宿舎のホテルから出ていません。そんなアナウンスが場内に流れ、超満員になっていた客席からため息ともどよめきともつかない声が漏れます。ホールでは、「演奏者の意向で空調装置は切っております」のアナウンスもありました。まったくわがままなマエストロです。
でも、待たされることによって聴きたい気持ちが高まってきます。遅れても、最初からそんなものだと思っているので腹は立ちません。普段は何でも予定どおりにいかないといやなぼくですが、ジョアンの場合は待たされることがほどよいアペタイザーになっています。
5時50分になって「ただいまホテルを出発しました」のアナウンス。経験から、ここまで来ればあとはとんとん拍子に進んでいくことがわかっています。
「ただいま到着しました。間もなくコンサートが始まりますので、ロビーのお客様はお席にお戻りください」。これが6時10分。そして5分後に場内の明かりが落とされ、しばしの沈黙ののち、ギターを持ったジョアンがたったひとりでステージに現れました。
それから8時まで、1時間45分にわたってジョアンは昔ながらのジョアンであることを淡々とした歌とギターで披露し、そして静かに舞台から去っていきました。ぼくには至福の時間です。さまざまな思いと思い出が、心地よい響きの中で頭の中を巡っていました。ジョアンのライヴを聴くときは、いつも自分の音楽遍歴を心の中でなぞる旅になります。

中学のときに出会った『ゲッツ=ジルベルト』。偶然とはいえ、この名盤をぼくは新譜で出たときに聴いていたんですね。日本ではボサノヴァなんてほとんどのひとが知らなかった時代です。ぼくだってそんなことには無頓着でした。かっこいいからひたすら聴いて、このかっこいいギターとヴォーカルを何とか真似していただけです。学校から帰ると、毎日何度も何度も繰り返し聴いてはコピーしていました。
コード進行がわからなかったり、音が拾えなかったり、最初は楽譜もなかったので苦労したことを思い出します。でも、お陰で大学生のときには代々木上原にあったスナックでボサノヴァの弾き語りができるまでになっていました。その後もボサノヴァはあちこちのバンドで演奏してきましたし、演奏することをやめてからもずっと聴き続けてきました。ボサノヴァがいつもぼくの横にはあったんですね。

その象徴的な人物のひとりがジョアンです。彼は40年以上前に初めて聴いた『ゲッツ=ジルベルト』そのままの歌とギターで、昨日もぼくの前にいました。細かいことをいえば、この40年以上の間にはジョアンも変わっているはずです。でも、ぼくにはまったく同じに聴こえます。この普遍性が尊く思えました。
音楽でも何でもそうですが、発展していくことは重要です。でもジョアンにはいつまでも昔のままでいてほしい、変わってほしくない、と思います。彼にも新しいことをやろうという気持ちがあるとは思えません。ジョアンの場合は60年代のスタイルでストップしていてほしいし、懐メロでいいんです。それが聴きたいんですから。
もちろんこんな意見に大反対のひとも多いでしょう。でも、ジョアンについてのぼくの気持ちはこういうものです。ですから、昨日は最高に素晴らしいライヴに接することができました。
それから、これまでの来日だと2時間半以上のコンサートはざらで、前回のラスト・コンサートでは4時間近くやったと聞きます。けれど、ぼくは昨日の2時間弱くらいがちょうどいいように思いました。長くやればいいというものではありません。
素敵な音楽は腹いっぱい詰め込みたくないんですね。もう少し聴きたいなっていうところでやめるのが美しいじゃありませんか。ジョアンの歌とギターは1時間半くらい聴ければ大満足です。余韻に浸りながら帰ることが出来ますから。
音楽はぼくの生活にとって必要不可欠なものです。でもそれだけにのめり込んでいたくないって気持ちがどこかにあります(もう充分にのめり込んでいますが)。音楽以外にも、この世の中、素晴らしいことや楽しいことがたくさんありますからね。このごろは、そんなバランス感覚を大事にしていきたいと考えています。