ジャッキー・ネイラーは日本でまだ無名のシンガーだと思っていたんですが、認識不足でした。昨日の「ブルーノート東京」はかなりの入りでした。そこそこネーム・ヴァリューがないとこのくらいのお客さんは来ないなっていう程度に客席が埋まっていたんですから、最近のジャズ状況にぼくは随分疎くなっているようです。
それはさておき、このジャッキー・ネイラー、ぼく好みのシンガーです。まず雰囲気がいいんですね。ジャズ・シンガーですが、声のイメージや歌いかたはキャロル・キングに通じています。なんていうことを考えていたら、最後に彼女の<ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ>をしっとりと歌い上げてくれました。これが実によかったです。
ジャッキー・ネイラーは、これまでに自費出版で5枚ほどアルバムを発表しています。その最新作『カラー・ファイヴ』がこの間ようやく国内盤で発売され、本邦デビューとなったです。それらのアルバムを全部聴いたわけではありませんが、面白いのはジャズのスタンダードを中心に、オリジナルもあれば、ロックもレパートリーに入れているところです。しかもピンク・フロイドやジミ・ヘンドリックスの曲まで取り上げているところが新鮮です。
昨日のステージでは、基本的にバックをピアノ・トリオが務めましたが、このピアニストがギターに持ち替え、さらに曲によってはもうひとりが加わり、こちらもピアノとギターの両刀遣いで、2ギター、ベース、ドラムスなんていう編成も可能にしていました。
スタンダードの<オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ>から始まったステージでは、<バット・ノット・フォー・ミー><サマータイム><ブラック・コーヒー>などのスタンダードがオーソドックスなスタイルで歌われていきます。しかし、ぼくが興味を覚えたのは、それらの間に登場したビリー・ポールの<ミー・アンド・ミセス・ジョーンス>(これは男性の歌なので彼女は<ミー・アンド・ミスター・ジョーンズ>に替えていました)や<ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロウ>、それから<ビフォア・アイム・ゴーン>などのいくつかのオリジナルでした。これらの曲ではかなりソウルフルな歌いかたが示され、それも好ましく思いました。
勝手に不思議な縁を感じたのは、<ミー・アンド・ミスター・ジョーンズ>です。「ブルーノート東京」に行く前に立ち寄ったスターバックスで、ビリー・ポールの歌うこのオリジナル・ヴァージョンを聴いて、「そうだ! こんないい曲もあったんだ。帰ったらiPODに取り込もう」なんて考えていたんですね。そうしたら、そのすぐあとにジャッキーがこの歌をうたったのでびっくりしました。でも、こういうことってときどきありますよね。これも虫の知らせなんでしょうか?
ジャズ・シンガーとしてのジャッキーはユニークなポジションにつく可能性を秘めています。ただし、雰囲気があって自分の世界も持っていますが、まだもう一歩というところでしょう。そのもう一歩を克服するには、オリジナルで勝負したほうがいいように思いました。
ジャッキーが歌うスタンダードにも味わいはあります。でも、それ以上に耳を傾けさせられたのが彼女の書いたいくつかのオリジナルでした。声の質や歌いかたはキャロル・キングのような感じです。ドラマチックに歌うより、淡々とした表現の中で自分の世界を伝えるタイプだと思いました。
この手のシンガーも最近は増えています。マデリン・ペルーやノラ・ジョーンズなんかですが、その中に入っても、彼女はオリジナルで自分の世界を訴えることができると思います。ぼくがそう思うのは、ジャジーなポップス、あるいはポップなジャズがこのところ好きになっているからでしょう。本格的なジャズ・シンガーの登場にも興味はありますが、ジャッキーは最初からその路線は狙っていないようです。
でも、いまのままでは中途半端の印象がぬぐえません。才能を持っているのですから、いいプロデューサーにめぐり会えば、彼女はさらに大きく飛躍することができるでしょう。このままのポジションやスタイルで満足してはいけません。もちろん本人もそう思っているでしょうが。
ともあれ、これからが楽しみなシンガーの初来日公演を、ぼくはかなり楽しく聴かせてもらいました。