
秋になってぼく好みのヴォーカル・アルバムがいろいろとリリースされるようになってきました。この間紹介したフリオ・イグレシアスもそうですし、ダイアナ・クラールの新作『フロム・ディス・モーメント・オン』もこのところのお気に入りです。
今回は、前作の『クリスマス・ソングス』で共演したザ・クレイトン=ハミルトン・ジャズ・オーケストラを再びバックにスタンダードを歌う趣向で、ゴージャスなビッグ・バンド・サウンドに乗せて<イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー><ハウ・インセンシティヴ><カム・ダンス・ウィズ・ミー>などが楽しめます。
ちょっと鼻っ柱の強いダイアナには何度もインタヴューしています。最初の来日はピアニストとしてもスポットライトが当てられてたものでした。渡辺貞夫さんが毎年開催していた「キリン・ザ・クラブ」というコンサートで、サダオさんのバックを務める大役を果したのです。1995年のことです。この時点で彼女はほとんど無名でした。ステージの途中でサダオさんが引っ込んで、彼女がヴォーカルを数曲披露するコーナーがありました。

シンガーでもあるという情報は入っていたのですが、まさかこんなにうまいとは思っていませんでした。ピアニストの余興くらいに考えていたんですね。その弾き語りを聴いたぼくは、コンサート終了後に楽屋でさっそくインタヴューを申し込みました。
ダイアナもそんなぼくの申し出に驚いたようです。このとき注目されていたのはベーシストのクリスチャン・マクブライドで、インタヴューのオファーも彼に集まっていたからです。
みんなが取り上げないひとをインタヴューするのがぼくの専売特許ですから、このときもいつものやり方を踏襲したに過ぎません。しかし、ダイアナはことのほか喜んでくれたみたいです。お陰で、その後も直接会ったり、電話でインタヴューをしたりといい関係を保ってきました。

最初にダイアナの歌を聴いたときにすぐに思い浮かべたのがカーメン・マクレエのヴォーカルです。どすの利いたこわもてのイメージがするカーメンのヴォーカルに通じるものを感じたからです。それで、ダイアナにカーメンが日本でライヴ・レコーディングした『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』というCDを聴かせたところ、これがすっかり気に入って、彼女はそのCDを買って帰ったそうです。
そういえば不思議なこともありました。何度目かの来日時のことです。ホテルでインタヴューしたあと、お腹が空いたというので近くのお蕎麦屋さんに行きました。そのときに流れていたのが『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』なんです。このCD、よっぽどのマニアしか持っていないものですから、お蕎麦屋さんも熱心なジャズ・ファンだったのでしょうか?
それはさておき、ぼくはダイアナには失礼かもしれないけれど、会うたびにカーメンの歌を引き合いに出してきました。彼女の後継者だと思っているからです。そして、年々ダイアナのヴォーカルにはカーメンのような風格が漂うようになってきました。
それで今回の作品です。ぼくはこのアルバムを聴きながら、その考えが間違っていないことを確信しました。カーメンに似ているっていうことではありません。彼女のように、お馴染みのスタンダードを独自の解釈によって、しかもその曲の持ち味を損なわない歌を聴かせてくれるシンガーの姿が認められたからです。
歌いっぷりのよさに惚れたとでもいえばいいでしょうか。粋できっぷがいいんですね。江戸っ子なんです。江戸前のジャズ・ヴォーカルです。そこがカーメンに通じています。コンボをバックにしたときのダイアナもご機嫌ですが、オーソドックスなジャズ・オーケストラをしたがえて歌う今回の作品(3曲ではコンボがバックについています)からは大御所の雰囲気も漂ってきます。
しかし残念なニュースも耳にしました。どうやらダイアナはこれからしばらく産休に入るらしいのです。これはエルヴィス・コステロとの生活がうまくいっている証拠でしょう。コステロも素晴らしい作品を連発しているし、公私共に充実しているのが現在のふたりだと思います。
しばらくダイアナの新作は途絶えるかもしれません。でも、向こうっ気の強いあの彼女が幸せな生活を送っていると思えば、「よかったじゃない」と素直に喜べます。今度は母親になって、さらに充実した歌を聴かせてくれることを楽しみにしようではありませんか。