今回は来るときの飛行機の映画も収穫なし、こちらに来てからも目ぼしいのがなしでしたが、ジョン・レノンのドキュメンタリー映画をイースト・ヴィレッジの小さな映画館「Landmark Sunshine Cinema」でやっているのを見つけたので行ってきました。
すでにサウンドトラック・アルバムは出ていたのですが、うっかりしていてこの映画のことは失念していました。サウンドトラックがあるということは当然映画もあるわけですが、そのことをまったく考えていませんでした。ぼけてますね。
それで、昨日、出たばかりの『Village Voice』の映画欄を眺めていたらこの映画の広告が目に入り、「ああそうか、やっていたんだ」というわけで、今日、その映画館に行ってきました。
ウィークデイのお昼ということもあって場内はがらがらです。もともとこういう映画はそれほどひとは入らないんでしょうね。マンハッタンの中でもここしかやっていないみたいですし、それがジョンのファンとしてはちょっと寂しいところです。
10月10日はジョンの誕生日、そして記憶に間違いがなければ、30年前のこの日、ジョンに待望のグリーン・カード(アメリカの永住権)が交付されたのです。この日は三重の喜びでした。グリーン・カードが交付され、ショーンが生まれ、ジョンの誕生日でもあったからです。これは間違いありません。映画の中でも最後のほうで、このエピソードがグリーン・カード取得に奔走した担当弁護士が語っていましたし。
映画は、そのジョンが永住権を獲得するまでの話を、当時のひとたちのインタビューや残されたジョンの映像を中心に纏めたものです。前半は平和主義者としてのジョンを浮き彫りにしていきます。当時のブラック・パンサーや過激派とも反戦という点で趣旨を同じにしていた彼は、アメリカの政府にとっては目の上のたんこぶのような存在でした。
それがネックになってFBIに監視され、当然そういう要注意人物にグリーン・カードは交付されません。ヴェトナム戦争に対するジョンの反戦活動が、このドキュメンタリーを観ると、改めていかに真剣だったかわかります。
ジョンとヨーコさんは、彼らにしかできない方法で反戦活動を繰り広げていきます、「ベッド・イン」はそのハイライトですが、当時のぼくはそれを「奇抜なことをやってるなぁ」くらいにしか感じていませんでした。
そのころは世界の状況がまったくわかっていなかったんですね。リアルタイムで「ベッド・イン」のニュースも観ていたのに、ジョンとヨーコさんが真剣になって訴えていたことをちっとも受け止めることができていなかった自分がちょっと恥ずかしいですね。
それにしても、このふたりは本当に凄いと思いました。平和主義者ではなく平和活動家ですね。自分たちの行為を通して平和と反戦を訴えていたことが映画を観るとよくわかります。それだけに、ニクソン大統領やFBIのフーバー長官はふたりを排除しようとやっきになっていたようです。
電話が盗聴されていたり、さまざまな迫害に遭いながら、それでもジョンとヨーコはニューヨークをこよなく愛していました。そのことが当時の歌によく表されています。ジョンは、1970年代に入ると反戦運動より平和運動に重きを置くようになります。どちらも根底にあるものは同じですが、表現法が違います。そのあたりのことも映画を観ていると何となくわかってきました。
ジョンは歌によって、そしてみずからの行動によって、平和の実現に尽力しました。彼が生きていた時代、それはどこまでかなったのでしょう。ジョンはどう感じていたのでしょう。映画の最後でヨーコさんがこういっています。
「彼が残したメッセージはいまもしっかりとひとびとの心に生き続けています」
そのとおりです。そして彼の歌はいまも多くのひとが歌っています。
音楽で社会を変えることはなかなかできません。それでもジョンとヨーコさんが作った歌は、少なからず平和とか反戦ということに対して影響力を持っていると思います。お客さんはまばらでしたが、ぼくはとてもいい映画を観たという気持ちで映画館をあとにすることができました。
そうそう、ぼくと同世代かそれ以上のひとならアンジェラ・デイヴィスという女性を覚えているかと思います。黒人の女性活動家で美人の上にかなり過激な発言をしていたことで、日本でもときどきニュースで取り上げられていました。その彼女も、すっかり品のいい熟年の女性になってこの映画には登場します。それにも、ぼくは強い懐かしさを感じました。
ジョンは彼女のことを『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』の中で「アンジェラ」という曲に託して歌っています。同じく、活動家のジョン・シンクリア(MC5のマネージャーでもあった)についても(やはり映画に登場します)、この作品で「ジョン・シンクリア」というタイトルで歌っています。
『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』は、永住権を巡ってアメリカ政府と長い法廷闘争を繰り広げていたジョンとヨーコさんによる「反アメリカ政府」的な内容で、彼らのアルバムの中ではもっとも過激なものだと思います。帰り道、iPODでこの作品を聴きながら、ジョンのことやテロのことなどに思いを巡らせ、そしてその舞台となったマンハッタンを歩いていることになんともいえない感慨を覚えました。