ニューヨークに着いてまずやることのひとつが『ヴィレッジ・ヴォイス』をひととおり見て、情報をゲットすることです。必見は「映画」と「ナイト・クラブ」の広告頁です。それでブランフォード・マルサリスが木曜から日曜まで「The Jazz Standard」に出演していることを知りました。
気がついたのが到着した土曜の夜ですから、残されたのは1日だけ。多分ソールド・アウトでしょうが、駄目でもともと。クラブに連絡をしてみると、一杯だけど最後のセットなら入れてあげるといわれて行ってきました。
「The Jazz Standard」はアパートから歩いて10分少々のところにあります。前回見つけたヴェジテリアンのインド・レストラン「Pongal」が「The Jazz Standard」のすぐ近くだったので、ここで茄子のカレーを食べてから行きました。食事が思ったより早く終わってしまったため、店に着いたのは8時前でした。
「The Jazz Standard」は、予約をしていてもファースト・カム、ファースト・サーヴです。並んでいるひとがほんのわずかだったことから、席も前から2番目と、ステージから至近距離のところを陣取りました。
席に着いたら、ジェフ・ワッツが彼よりもっと体の大きなひととステージ横で談笑しています。見れば、この間「東京Jazz」のパーティーで会ったドラマーのプージー・ベルではありませんか。ふたりのところに行くと、プージーも覚えていてくれてびっくりしていました。世界は狭いことを実感します。
そのあとブランフォードとも少し話をして、ステージが始まりました。楽屋ではちょっとへばっていた彼ですが、ステージではさすがにそんな姿は微塵も見せません。
最初にメンバーを紹介したのですが、ジェフ・ワッツがNFLのスティーラーズのポラマルのジャージを着ていたことから、最後まで彼をポラマルと紹介していたのが、ブランフォードらしいユーモアです。あげくの果てに、最後には「ジェフ・テイン・ワッツとも名乗っているポラマルです」と紹介する始末で、客席の笑いを誘っていました。
メンバーはBranford Marsalis(ts,ss) Joey Calderazzo(p) Eric Revis(b) Jeff“Tain”Watts(ds) といつもの面々です。演奏はジェフが書いて新作の『ブラッグタウン』に収録されていた<ゴジラ>から始まりました。ほとんどフリー・ジャズそのものの演奏で、なおかつまとまりのよさが抜群の内容に、ブランフォードのカルテットが充実していることを実感しました。
そのあとは<セイモア>とか<エターナル>とかを演奏し、アンコールは<ジャイアント・ステップス>です。この曲では飛び入りでふたりのテナー・プレイヤーも参加しましたが、さすがにブランフォードは貫禄充分のところを示していました。
ぼくはてっきり新作が出たばかりなので、そのサポート・ツアー的な内容になるのでは? と考えていたんですが、そうではなかったようです。ブランフォードに聞けば、「そういうことはやらないの」といっていました。「そういうのはポップス系のアーティストがやるもので、ジャズの場合は1年経ってもいいものはちゃんと売れるんだからいいの」っていうことです。
それでも「マルサリス・ミュージックの社長なんだから、売れたほうがいいじゃないの?」と振りましたが、あんまり自分のCDを売ることに積極的ではありません。そこがブランフォードらしいといえばらしいんですけどね。自信もあるんでしょう。それと、そういうことにエネルギーを使わないところがブランフォードのいいところです。
ツアーはこのあと11月まで続くそうです。この間の来日時には腰を痛めていたジェフもすっかり回復したとのことで、今日も張り切ってドラムスを叩いていました。それにしても<ゴジラ>では雄たけびをあげながらプレイしていましたし、ブランフォードがポラマルと紹介するたびに、両腕の力こぶを誇示するポーズを取っていた彼は憎めないひとがらです。
ブランフォードとジェフはバークレー音楽大学時代からの親友です。メンバーもこのところずっと変わっていませんし、ローディやスタッフもいつも同じです。これはブランフォードのひとがらのよさの表れでしょう。
いい仲間に囲まれているのも、音楽の充実に繋がっているのだと思います。ぼくは、そんなブランフォードが好きですし、そういう彼の姿を見ているも好きです。もちろん、彼の音楽も大好きです。
外に出ると寒くもなく暑くもなく、アパートまで歩いて帰るのも程よい距離で、なんとなく気持ちも和んでいました。今日も原稿のチェックなどはやっているのですが、東京にいるときより時間の制約がないので爽快です。せわしのない人生を過ごしているぼくにはちょっとしたご褒美みたいなものと思って、こうした時間をエンジョイしています。