昨日観てきたこのコンサートはちょっと楽しみにしていたものです。PANJAスイング・オーケストラは、その昔、山下洋輔さんや村上ポンタ秀一さんたちが中心になって作られたオーケストラで、<シング・シング・シング>や<イン・ザ・ムード>といったスイング・ジャズの名曲をフリー・ジャズで演奏してしまおうというビッグ・バンドでした。
ミュージシャンもリスナーも楽しめる幻のオーケストラ、それがPANJAでした。一種のお遊びであり、お楽しみといったところでしょうか。適当なところでさかさま読みをするミュージシャン用語を用いた名前からしてお遊びバンドの精神が貫かれています。
ところがメンバーは日本を代表する実力派ばかりですから、このお遊びバンドの演奏はご機嫌この上ないものでした。それがまた楽しめるかと思えば、ぼくがわくわくしながら会場に向かった気持ちもおわかりいただけるかもしれませんね。
今回の再結成は「Blue Clover Charity Concert」と銘打たれたイヴェントのためのものです。前立腺がんの「早期発見・早期治療の大切さ」を呼びかける運動の一環として行なわれました。それだけに通常のジャズ・コンサートとは違って、普段はジャズを聴かないひともみえていたようです。前立腺がんについての啓蒙運動なんですが、ジャズの啓蒙運動にもなっているんじゃないかなんて、客席にいながら思ったりもしました。
男性の場合、そこそこの年齢になれば前立腺は肥大するものです。ぼくもこの10年くらいはそういう症状が出ています。前立腺がんは進行が非常に遅いので、気がつかないうちにがんになっているかもしれません。
それはよーくわかっているのですが、検査はどうも・・・。ぼくのようなそんな人間のためのキャンペーンがこのブルークローバー・キャンペーンなんですね。医者のくせしてこれではちょっとまずいかなぁと思いつつ、コンサートに没入してしまいました。
第一部は山下さんに、吉野弘志さんのベース、それにポンタさんのドラムスのトリオを中心にゲストが入ります。まずはトリオで1曲演奏してから、渡辺香津美さんが加わっての<遠州燕返し>。久しぶりにこの曲を聴きましたが、渡辺さんのウルトラ・テクニックが存分に味わえる構成は最高です。
次はこの4人にホーン奏者がふたり加わったグループをバックに、大貫妙子さんが<イパネマの娘>を歌います。澄んだ声にちょっと気だるさも加わった彼女のボサノヴァは思った以上に素敵でしたね。山下さんのピアノ・ソロも、イン・テンポ、イン・コードで歌心もあり、これも楽しい聴きものでした。
その後、大貫さんはもう1曲<美しい人よ>を歌って引っ込み、今度は坂田明さんと日野皓正さんの登場です。ソニー・ロリンズの<オレオ>をやったんですが、フリー・パートから入ってそれぞれが大胆なソロを聴かせてくれました。
山下洋輔トリオの二代目サックス奏者が坂田さんだったことを思い出します。中村誠一さんに代わって坂田さんが加わったニュー・トリオを最初に聴いたのはたしか新宿の「ピットイン」だったと思います。そのときの爆発的なソロに度肝を抜かれたことはいまでも忘れられません。
日野さんもこの手の演奏をさせたらやっぱり本領を発揮しますね。アメリカに移住するしばらく前の日野さんの演奏はフリー・ジャズそのものだったことを思い出します。あのころは山下さんのトリオも日野さんのグループもヨーロッパに進出して大反響を呼び起こしていました。そんなことを思い出していたら、第一部はあっという間に終わってしまいました。
第二部はいよいよPANJAの登場です。オープニングの<ロイヤル・ガーデン・ブルース>では、坂田さん、渡辺さん、日野さん、山下さんの順で、客席から演奏しながらステージにのぼりました。そのあとはこの4人によるトーク・タイムになったんですが、4者4様、それぞれの個性がよく出ていた不思議なお喋りタイムでした。
その後はPANJAが<イン・ザ・ムード>と<ワン・オクロック・ジャンプ>を演奏し、大貫さんが再び登場して<シャル・ウィ・ダンス>を歌い、最後はゲスト全員を混じえての<シング・シング・シング>です。どれもそれぞれに聴き応えのある内容でした。
そしてアンコール。幕が開くと、そこにはピアノでイントロを弾く山下さんの横に日野さんがひとりだけ。ふたりによる<星に願いを>が始まりました。日野さんの情感を込めたプレイにほろりです。何て粋なフレーズを綴るんでしょう。やっぱり日野さんはうまいし、センスがあるなぁと感動しました。
30年近く前のことですが、後楽園ホールで日野さんと菊地雅章さんのデュエットによる<ラウンド・ミッドナイト>を聴いたことがあります。これが最高に素晴らしかったんですが、昨日の<星に願いを>もそれに匹敵するものでした。
こうしてぼくは心に残る素晴らしい演奏をまたひとつ聴いたことになります。人生はさまざまなものの積み重ねですが、ぼくの場合はそのさまざまなもののひとつに素晴らしい演奏があります。それを増やしたくて、いまだにライヴに通っているのかもしれませんね。