
ボブ・ディランの『モダン・タイムズ』は、前作『ラヴ・アンド・セフト』が出てから5年ぶりの新作です。その間に未発表作品なども登場していたんですが、やはり《生ける伝説》の新作が聴きたい気持ちに変わりはありません。
すでにレコード会社が配った視聴用のテープは繰り返し聴いていたんですが、きちんとした形になったものを手にするのは嬉しいものです。今回はハード・カヴァー式のジャケットで、これも重厚感があっていい出来です。
ぼくは《物》としてもCDを楽しむところがあるので、ありきたりのプラ・ケースに入って発売される作品より、このような特殊ジャケットに食指が動かされます。しかも初回盤は4曲入りのDVDつき、こういうところもいいですね。《限定盤》という言葉にも弱いぼくは、こうなるとレコード会社のいいなりです。でも3000円くらいでこんなに喜べるんですから安いものです。
それにしても、この作品、いままでのディラン以上に聴いていると気持ちが和みます。現在のツアー・メンバーでレコーディングしたこともリラックスさせたのでしょう。だから歌にもサウンドにも落ち着きが感じられるのだと思います。
考えてみれば、ディランもこの5月で65歳になりました。ずっと前から渋い歌をうたってきた彼ですが、年相応の深みを感じさせるシンガーになったとつくづく思わずにはいられません。ぼくだって彼を初めて聴いたのが中学生のときで、あれから40年以上が過ぎているんですから。
いろいろなアーティストと共にぼくも人生を歩んできました。中でもディランは大切に思ってきたひとりです。変わっているようで変わっていない、あるいは変わっていないようで変わっている。そんなアーティストがディランではないでしょうか。
この手のアーティストにぼくは弱いんですね。ストーンズだってそうですし、マイルスだってそういう存在です。それにしても今回のディランには本当にほっとさせられたり、しんみりさせられたりしています。ブルースの名曲<ローリン・アンド・タンブリン>から、「夜のしじまの中、この世の太古からの光の中、そこで争いを繰り返しながら叡智は育まれていく。まごつかされてばかりのわたしの脳みそは、無駄だとわかりながらも悪戦苦闘し、闇の中、人生の小道を駆け抜けていく」と歌われる<ホエン・ザ・ディール・ゴーズ・ダウン>と続く3曲目と4曲目にかけてが最高に好きです。
考えてみれば、ディランのライヴはこの20年くらい観ていません。このメンバーとのライヴはぜひとも観てみたいと思います。そのことを強く感じさせてくれたのが4曲入りのDVDでした。こちらには、<ブラッド・イン・マイ・アイズ>(1993年)と<シングス・ハズ・チェンジド>(2000年)のヴィデオ・クリップ、1998年のグラミー賞での<ラヴ・シック>、映画『ボブ・ディランの頭のなか』のスペシャル・フィーチャーから<コールド・アイアンズ・ブルース>(2002年)が収録されています。どれもディランの存在感が強く感じられました。

このDVDもそうですが、しばらく前に発売されたマーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム』を観ていて、ぼくは老境に差し掛かったディランからジョニー・キャッシュに通ずる風格を思いました。
65歳はいまの時代ならまだ年寄りに入りません。しかし彼の顔に深く刻まれたしわを見ていると、ぼくの心の中ではさまざまな思いが交錯します。そんな気持ちにさせてくれるところがこのひとならではの存在感なんでしょう。
ひとにはそれぞれにさまざまな思いがあります。ディランの歌を聴きながら、最近のぼくは《自分の思い史》を味わっています。
「地平線の彼方、太陽の裏側。虹の果てで人生は始まったばかり。いつまでも続くたそがれどき、頭上の空には星屑。地平線の彼方、恋をするのなら簡単」
これは7曲目の<ビヨンド・ザ・ホライゾン>からの一節です。こんなラヴ・ソングが歌えるいまのディランに、ぼくは彼と自分の歴史を重ねています。そして、一生ものになるだろういい作品に出会えた喜びもしみじみと感じています。