
昨日はいい音楽を聴くことができました。チック・コリア&タッチストーンです。昨年から今年にかけて、チックは欧米でタッチストーンと名乗るグループを率いてツアーをしています。ただし、昨日聴いたグループはそれとはメンバーが幾分違っていました。
フルートのヒューバート・ロウズ、パーカッションのアイアート・モレイラ、リード楽器のティム・ガーランドは日本ツアー用のメンバーで、タッチストーンからはドラムスのトム・ブレックラインとベースのカルロス・ベナヴェンが参加した特別編成です。そこにフラメンコ・ダンサーのアウシ・フェルナンデスが加わっているのも興味深いところでした。

チックのファンならご存知かと思いますが、このタッチストーンは2枚組のアルバムがチックのサイト限定(
http://www.chickcorea.com/)で発売されています。ぼくはてっきり「ブルーノート東京」でもこのアルバムから曲が選ばれるものと思っていました。ところがふたを開けてみたらまったく違っていたので、これも日本のファン向けだったんでしょう。チックなりの配慮だと思います。
「セニュール・マウス」から始まったステージは想像以上に素晴らしい演奏の連続で、ライヴは2時間くらい続きましたがあっという間に終わった感じです。チックはここに来てさらに意欲的になっているようです。グループのサウンドにも細かい配慮をしていましたし、ソロも絶好調でした。
それから数曲にしか参加しなかったんですが、フラメンコ・ダンサーとのコラボレーションも見事でした。ダンサーが加わることによって、チックも触発されていたのは明らかです。ラテン・フレイヴァーが強調されたことも当然ですが、それよりリズミックな要素がいつにも増して心地よい響きを獲得していました。
全体の印象としては、初期のリターン・トゥ・フォーエヴァーにラテンの要素を強めに加味した感じです。アイアートが加わっていたことも理由のひとつですが、チックの弾くエレクトリック・ピアノもそうした雰囲気を思い起こさせてくれるものでした。ただし、決して昔の音楽やサウンドをなぞっているわけではありません。
進化したリターン・トゥ・フォーエヴァーとでもいえばいいでしょうか。最初に「いい音楽を聴いた」と書いたのはこのことです。ぼくには、心のどこかで第一期リターン・トゥ・フォーエヴァーをもう一度聴いてみたいという願望があるんですね。アル・ディメオラやスティーヴ・ガッドが入ったリターン・トゥ・フォーエヴァーより、アイアート&フローラ・プリム夫妻とジョー・ファレルが入っていたリターン~のサウンドに愛着を感じているからです。
それで最初に「セニョール・マウス」が演奏されたときに、「おおッ、この曲からきたか」と思いました。第一期のグループが演奏していた曲ではありませんが、心に描いていたリターン・トゥ・フォーエヴァーに近い演奏が聴けたからです。
チックが弾くエレクトリック・ピアノに、いまと昔が交錯しています。こういうある種のデジャ・ヴュ感と現実とが心の中で行き来する音楽に堪らない魅力を感じます。その最たるものがストーンズのライヴですが、昨日のチックにもそれが感じられました。
ヒューバート・ロウズとチックのデュオでほとんど全編が演奏されたバッハの「シシリアーノ」ももよかったです。ロウズはジャズ・クルセイダーズのオリジナル・メンバーでしたが、クラシックを勉強したいといってグループを辞めてニューヨークに出て行ったひとです。チックも7歳でクラシックのリサイタルを開き、ボストンでコンサート・ピアニストを目指し、その後にジュリアード音楽院に入ったほどです。
ふたりが弾くバッハからは、微妙にジャズのフィーリングが反映されていて、それが何ともクールでかっこいいアプローチに思われました。チックのクラシック(もしくはクラシック的な演奏)は久しぶりに聴きました。こんな演奏に接すると、またじっくりと聴いてみたくなります。
アンコールでは「メディテーション」が演奏されました。チックが弾くジョビンの曲は聴いたことがありません。しかもアイアートがヴォーカルも聴かせてくれました。彼がきちんとした歌をうたったのも、初めて耳にするものです。うまくはないのですが、雰囲気と味のある歌で、心を惹かれました。
もちろん、これでステージが終わるわけにはいきません。最後はお待ちかねの「スペイン」です。これもいつも以上にリターン・トゥ・フォーエヴァー的な内容でした。そして、途中からダンサーも加わって、パフォーマンスとしておおいに盛り上がりました。

チックはこのあと「東京JAZZ」でオーケストラとの共演が実現します。こちらは30日に発売される『チック・コリア/リターン・トゥ・フォーエヴァー~ライヴ・アット・モルデ』をステージで再現するものです。タイトルからもわかると思いますが、チックの代表的な曲がオーケストラをバックに演奏されるはずです。ちなみに、このアルバムのライナーノーツはぼくが書きました。
ということで、「東京JAZZ」のチックにも期待を寄せているところです。