マデリン・ペルーはとても気になるシンガーです。《21世紀のビリー・ホリデイ》なるキャッチ・コピーに、最初は「またまた」なんて思っていました。でも、デビュー作の『ケアレス・ラヴ』を聴いてすっかり惚れ込んでしまったんですね。
素朴な歌声は、たしかにビリー・ホリデイを思わせます。ブルージーなフィーリングと、ちょっと古臭いジャズ・フィーリング、それにフォーク的な要素。ジャズ・シンガーの括りではあるんでしょうが、そこにとどまっていない点もぼく好みです。
今回は10月に発売される新作『ハーフ・ザ・パーフェクト~幸せになる21の方法』のプロモーションで来日しました。昨日の「渋谷クワトロ」は超満員。1時間弱のショウケースでしたが、キーボード(サム・ヤヘルが参加!)~ベース~ドラムスのトリオをバックにマデリンがギターを弾きながら歌うスタイルがインティメイトな感じです。
デビュー作が100万枚以上売れたとかいう話を聞くと、どうしてもノラ・ジョーンズのことを思い浮かべてしまいます。彼女にしてもマデリンにしても、素朴で派手なところがあまりない作りのアルバムが100万枚とか300万枚とか売れるっていうのはどういうことなんでしょうね?
それってとても素晴らしいことだと思う反面、こういうタイプの歌は本来なら限られたファンの間で熱狂的に支持されるタイプだと思っていました。売れるからよくないといっているわけではありません。10年くらい前なら、彼女たちのようなタイプのシンガーが100万枚単位のセールスを上げるなんて考えられなかったでしょう。
いい時代になったと思います。地味ではあっても、心にズシンと響いてくる音楽が多くのひとから支持されているっていう状況は尊いことですから。あとは、そういう人気が一過性で終わらないことを願うばかりです。何しろ音楽ファンはぼくも含めて移り気ですから。
本音をいわせてもらうなら、いい音楽は流行に左右されてほしくないっていうことです。アーティストがどんなに強い信念を持っていても、流行ってしまえば取り巻く状況が変わります。そんなものに惑わされない強い信念を持って、自分の音楽を追求していくことはとても大変です。先回りして心配する必要などまったくないんですが、そういうことまで気にするのがぼくですから、これは仕方ありません。
しかしそれはそれです。昨日のライヴは本当に楽しめました。マデリンがぼくの好みであるのは、淡々と歌いながらも個性的な歌唱を聴かせてくれるからです。白人ですが、たしかにビリー・ホリデイに声も似ていますし、イントネーションなんかもそっくりな場面がありました。
ビリーもそうですが、マデリンの歌にも哀愁味が底辺に流れています。そういう歌が大好きなんですね。歌の心が伝わってくるというか、ビリーの歌にもマデリンの歌にも、心の奥底にそっとしまっておいた何らかの思いに優しく触れてくれるところがあります。こういう歌手やミュージシャンは滅多にいません。
昨日は新作からニルソンの「うわさの男」やチャップリンの「スマイル」なんかも聴かせてくれました。全体にモノ・トーンでゆるいグルーヴ感が漂うヴォーカルには力みがまったくありません。マデリンの世界がぼくにはとても心地のよいものでした。
そうそう、あまり目立ってはいませんでしたが、彼女はギターもかなり弾けそうです。ジャズのコードもきちんと押さえていますし、スリー・フィンガーによるピッキングもしっかりしたものでした。
ひとつ前のブログで「息の長いアーティスト」について書きました。あと何年生きられるかはわかりませんが、マデリンの歌には生きている限りつき合っていけそうな予感を覚えました。またひとり、本物のアーティストを見つけることができた夜でした。