先日、チェット・ベイカーの話を、というリクエストをいただいたので、今日は彼のことを少し。
独特の音色が強い哀愁を感じさせるチェット・ベイカーは、大好きなトランペッターのひとりです。ヴォーカルも肩から力が抜けていて、抜け過ぎのときもありますが、この抜け具合に何かほっとさせられます。チェットのトランペットとヴォーカルを聴いていると、きりきりしているときも心が和みます。沈静効果があるのでしょうか?
そんなチェットですが、このひとには困った性癖がありました。かなりの麻薬中毒だったんです。ミュージシャンという職業柄、逃げも隠れもすることができません。彼が出演していたクラブの楽屋には、いつもヤクの売人が来ていて、貰ったギャラをそのまま取り上げていく光景がよく見られたといいます。
当然、何度か逮捕もされました。ところが、そのたびにチェットは無罪放免になるんですね。どうして有罪判決を受けなかったのか? 理由は担当の判事がチェットの大ファンで、学生時代にトランペットを吹いていたからだそうです。
アルト・サックスのアート・ペッパーは、同じ罪で同じ判事が担当したのに、トランペッターでなかったため、3年の有罪判決を受けました。しかしこうした情状酌量が、チェットの悪癖を助長したともいえるでしょう。これでチェットは“懲りないひと”になってしまったのですから。
おまけの話もしておきましょう。麻薬中毒患者として名を馳せていただけに、チェットはなかなか来日することができませんでした。その彼が1986年にとうとう待望の初来日を果しました。そのときのインタビューで、彼はあっと驚く話をしてくれたのです。
「わたしは麻薬をひとに勧めたこともなければ売ったこともない。自分の稼いだお金で自分の体に打っているだけだ。しかも56歳になってもこんなに元気で演奏もできている。こうやって日本にも来ているじゃないか(骨と皮のようになっている彼はとても健康体には見えませんでしたが)。だからそのどこが悪いというのだ」

こう言って、チェットは胸を張ったのです。
しかし彼はこの来日から2年後、イタリアで宿泊していたホテルの自室窓から転落してこの世を去ったのでした。これも麻薬のせいで、窓から飛び出してしまったのではないだろうか? とぼくは思っているのですが(LSDの幻覚作用に飛べる気分になれる、というのがあるようです)。
最後まで波乱万丈の人生を送ったチェット・ベイカー。きっと、心の中にはいろんな悩みや、寂しいことや、悲しいこともあったのでしょう。彼はそれらすべてをひっくるめて、音楽で自分のことを語っていたように思われてなりません。だから、ひとの心を打つプレイや歌を聴かせてくれることができたんじゃないでしょうか。
ぼくはチェットのレコードやCDを聴くたびに、穏やかな気分になります。それと同時に、ときどきはその人生に思いを馳せてみたりもします。
たった一度しか話すことができなかったチェットですが、とても印象的なひとでした。その人柄から醸し出される不思議な魅力が、音楽にも息づいていたように思われてなりません。