南佳孝さんはぼくと同世代のシンガー・ソングライターです。ジャズのフィーリングを持った曲や歌で、デビュー作『摩天楼のヒロイン』が出たときから注目していました。
このアルバム、はっぴいえんどを解散したばかりの松本隆さんがプロデュースしたこともあって、発売前から注目していました。その時点で南さんがどんなシンガーだか知らなかったのですが、アルバムは期待以上の素晴らしい出来映えでした。
一番びっくりしたのは、ブロードウェイのショウ・チューンを思わせる曲が入っていたことです。とくに1曲目の「おいらぎゃんぐだぞ」は、ボードヴィル調の《ジャズ・ソング》といった雰囲気で、いっぺんで好きになってしまいました。
その歌を聴いて思い出したことがありました。当時、ぼくはブルース・バンドを作って、青山にある穴倉みたいなバーで週末になると演奏していたんですね。246を渋谷から六本木に向かって行くと、青山のところに短いトンネルがありますよね。その入り口のところに、たしか「SUV」という名前だったと思いますが、朝までやっているバーがあったんです。
アルバムが出る少し前のことです。ぼくと似たような年齢の男性がふらりと店にやってきて、1曲歌わせてほしいというんです。そのひとがいまにして思えば南さんだったように思います。何かのブルースを歌ったんですが、独特の声と節回しと顔つきは、『摩天楼のヒロイン』の南さんを彷彿とさせるものでした。
ぼくが留学していたときに、南さんがニューヨークに来たことがあります。『SEVENTH AVENUE SOUTH』をレコーディングするためです。そのことは、レコーディングに参加したデヴィッド・サンボーンから教えてもらいました。アレンジがニック・デカロという超豪華版です。もちろん、帰国してからそのアルバムを買っていまも愛聴しています。
「夏服を着た女たち」なんて、ぼくの大好きなアーウィン・ショウの小説を見事に南さんと松本さんの世界に置き換えたものになっていました。そのあたりの好みににやりとさせられる心憎いアルバムでありました。
その後に出た『冒険王』も大好きなアルバムです。戻って来れないかもしれない密林に、エルドラドを探して明日旅立つ。その心境を愛するひとに手紙で伝えるというのがタイトル曲の内容です。この世界は松本隆さんが書いた数多くの詞の中でも最高のものだと思っています。
そしてこの曲では、井上鑑さんが書いたストリングスのアレンジも文句なしの素晴らしさでした。ぼくはストリングスが入った歌や演奏が大好きで、南さんでいうなら、この曲と「夕日追って」のストリングスが最高だと思っていす。こちらは服部隆之さんのアレンジで、曲調からいってもロックやポップスでなく、ジャズのバラードとしてぼくは聴いています。
ストリングス・アレンジといえば、ぼくはユーミンの「航海日誌」も大好きです。この弦の響きは、何度聴いても胸にじわーっと来ます。
脱線しました。今回は南さんの新作『Bossa Alegre』を紹介するつもりでした。ビクターに移ってからの南さんはボサノヴァやジャズっぽいアルバムを発表してくれて、ますますぼく好みのアーティストなっています。今回はボサノヴァ・ユニットのRio Novoとのコラボレーションで、GSの曲などをカヴァーしているのですから見逃せません。しかも選曲が最高です。
「シーサイド・バウンド」と「花の首飾り」はザ・タイガース、「ノー・ノー・ボーイ」はザ・スパイダーズ、「君をのせて」は沢田研二、「ソバカスのある少女」は鈴木茂。そのほかにも「第三の男」、「A列車で行こう」、「ガチョウのサンバ」、「エスターテ」など、実にセンスのいい選曲になっています。
「君をのせて」と「ノー・ノー・ボーイ」はフェイヴァリット・ソングで、オリジナル・ヴァージョンは「iPOD和物号」の「一番好きな20曲」に入れて繰り返し聴いています。そういえば、「君をのせて」のストリングスも最高です。「ノー・ノー・ボーイ」は、本来ならマイナーで行くところをわざとメジャーのコードを使っている場所があって、そこが何度聴いても気持ちがいいんですね。これら2曲は、ぼくにとって永遠の名曲なんです。
南ヴァージョンでは、残念ながらストリングスも入っていませんし、メジャーの展開にもならずありきたりのマイナー展開になっています。しかし、こうした曲を選んでくれたところに、自分と同じテイストを感じて嬉しく思っています。
楽しみにしていることがひとつあります。小僧comでぼくがプロデュースしているコンサートの3回目に南さんが出演してくれることになりました。ぼくがリクエストしたのは、ジャジーなコンボをバックにジャズのスタンダードとボサノヴァを歌ってもらう、というものです。それプラス、オリジナルの楽曲もジャジーなアレンジでお願いしますと頼んであります。
もちろん「冒険王」と「夕日追って」もリクエストしているんですが、コンボだと難しいかな? という返事でした。でも、これらの曲をピアノ・トリオくらいのバックで歌ってもらいたい気持ちが強くあるので、今後も粘ってみようかなと思っています。
コンサートは10月です。「君をのせて」や「ノー・ノー・ボーイ」もライヴで聴いてみたくなりました。どんなコンサートになるのか、いまからぼくはおおいに楽しみにしています。