
先日、渋谷の映画館で塙幸成さんが監督した『初恋』を観てきました。「3億円事件の犯人は女子高生だった」という、意表をつくストーリーの小説を映画化したものです。
映画の中で主要な場所のひとつになるのが、新宿のジャズ喫茶「B」です。これは、新宿に実在した「ジャズ・ヴィレッジ」がモデルです。その店内の様子を再現したいということで、あるつてからぼくに相談がありました。
1年くらい前でしょうか。監督をはじめスタッフのかた5~6名と渋谷の喫茶店でお会いしたんですね。ぼくの話を聞くだけなのにずいぶん大げさだなぁとそのときは思いました。プロデューサーや助監督や美術担当など、主要なスタッフがみなさんいらっしゃって、店内の様子を聞かれました。
ぼくは高校のときから大学に入ってしばらくの間、「ジャズ・ヴィレッジ」にときどき行っていました。間取りや壁の感じ、来ているお客さんのタイプなどは、鮮明というほどではありませんが、そこそこ記憶に残っています。それで、そんなお話をしたんですね。
映画の中のジャン喫茶は、ぼくのイメージとちょっと違っていました。当時はあんな風に会話ができませんし、登場人物の服装も人物像もジャズ喫茶にたむろしているタイプとは違います。あの感じは「風月堂」だよな、などと思いながら観ていましたが、大体において当時の風俗というか文化的な色彩はよく表現されていたと思います。
塙さんは1965年生まれですが、当時のことをかなり調べたんじゃないでしょうか。以前観た『三丁目の夕日』もそうですが、1950年代や60年代を舞台にした映画を作るのは大変難しいと思います。その時代をリアルタイムで生きていたひとがたくさんいて、ああだこうだといわれるからです。でも、どちらの映画もちょっとした時代考証のあやまりはあるにしても、概ね良好だと思いました。
ただしいつも気になるんですが、登場人物のタバコの吸いすぎはどうなんでしょう? ジャズ喫茶といえばタバコの煙がつきものですが、ちょっと気になりました。あのころだって、みんながこんなにタバコは吸っていなかったように思うのですが。
主人公の女子高生がヘルメットをかぶらずにオートバイを疾走させますが、これはOKでしょう。当時、ヘルメットの装着は義務づけられていませんでしたから、これはこれで却ってリアリティがあります。
ストーリーはこんな感じです。
「高校生のみすず(宮崎あおい)は幼いころに親類の家に引き取られ孤独な日々を送っていたが、ある日、長く会っていなかった兄(宮崎将)が突然現れ、新宿の繁華街にあるジャス喫茶「B」のマッチを渡される。数日後、「B」を訪れたみすずは店内で兄を慕う仲間たちに出会う。アングラ劇団の看板女優や、デモに参加している作家志望の浪人生らのうち、みすずはランボーの詩集を読む東大生の岸(小出恵介)に引かれていく。そして岸に3億円強奪を持ちかけられたみすずは、彼の役に立ちたい一心で犯行計画に手を貸す」
これは、1968年に東京・府中市内で3億円を積んだ現金輸送車が白バイ警官を装った男に車ごと奪われ、その後に時効となった実際の事件をテーマにした小説が原作です。
このみすずとぼくはまったく同じ年です。ただし、彼女は本郷にある東大とおぼしき大学に入学するのですが、1969年は東大紛争で入試がなかったので、そのあたりはちょっと気になりました。
この映画、試写会の案内が届いていたんですが、映画は映画館の大きなスクリーンで観たいというのがポリシーなので、我慢して公開まで待ちました。それで、実は2週間前にも新宿の映画館まで行ったのですが、そのときは希望する回が満員になっていて観られませんでした。それで今回の再挑戦となったのです。このときも滑り込みセーフでした。公開されてちょうど3週間が過ぎたのに、まだ満員ですから、小さな映画館ではありましたがまあまあいい成績ではないでしょうか。
ぼくはまったく考えていなかったのですが、エンディング・ロールに協力者の名前がクレジットされていて、そこに名前が載っていたのは嬉しかったですね。実は撮影にも立ち会いたかったのですが、ジャズ喫茶のシーンを撮るのが10月で、そのときはストーンズやポールのライヴを観にアメリカに行っていたためかないませんでした。
それで映画ですが、ほのかな恋心を芽生えさせた少女の気持ちが切なくて、ほのぼのとしたラヴ・ストーリーになっていました。こういう映画は嫌いじゃないです。元ちとせの主題歌もぼくは好きですね。