
最近一番嬉しかったCDがこれです。このところ紙ジャケットでクォリティのいいものを作ってくれるようになったソニーの決定版でしょう。1973年に来日したときのステージを収録したもので、LP時代に横尾忠則がアート・ワークを担当し、画期的な22面体ジャケットの体裁で発売されました。
そのときの価格が6300円で、当時としては3枚組でこの値段は普通だったんですが、ジャケットがフツーでない部分、レコード会社は大変だったそうです。何しろ売れれば売れるだけ赤字になるような豪華仕様ですから、以後、横尾さんにジャケットは頼んじゃいかんという禁止令が出たそうです。

その前代未聞・空前絶後の22面体ジャケットを紙ジャケット仕様で復元したのが今回のリリースです。3枚組で6825円というビミョーな値段ですが、これでもソニーは出血大サービスなんじゃないでしょうか?
どこかのネット販売のカスタマー・レビューでは「高い」とか「22面体ジャケットの復元に意味があるのか」みたいなことが書かれていますが、ぼくには「安い」、「意味がある」ものなんですね。このあたりはひとぞれぞれです。CDという“物”に興味がないひとには、「高い」し「意味がない」でしょう。

でも、ぼくは理屈ではなくて、こういう“物”が大好きです。こういう“物”を作って出そうという“気持ち”も尊重したいと思います。今回も、社内では懸念の声があがったんじゃないでしょうか? とにかく、担当ディレクター氏の熱意が伝ってくる商品ではあります。
ソニーのHP内にある担当者のブログでは、発売にこぎつけるまでの制作秘話が100回以上も掲載されています。それを読むと、いかに大変だったか、そして大変であれば大変であるほど楽しんでいるディレクター氏の姿が目に浮かんできます。

この22面体ジャケットは、1991年にも一度出ています。そのときはまだ紙ジャケットが登場していなかったため、2枚組のCDと別途制作されたジャケットが纏められてスリップ・ケースに入っていました。このときは2枚組で4100円でした。
肝心なのはここです。CDなら3枚組のLPが2枚組で済みます。ところが、今回はアナログ盤と同じで3枚組になっています。ぼくはいつも、こういうマニアックな復刻物の場合、たとえば2枚組のLPが1枚のCDに変更されていることに残念な思いをしてきました。

ジャケットの復元にとことんこだわっているメーカーでも、ここが無神経なんですね。当然価格に反映されますから、会社的には安くして沢山売りたいという気持ちが優先されているのはわかります。
でもこういうことって、商売は二の次にしてやってほしいなぁとも思います。無理な相談だとはわかっていますが、わかっていてもそう思っちゃうんですね。担当者にしてみれば、実情も知らないで勝手なこというなよ、といったところでしょう。でも思っちゃうものは仕方がありません。
そんなことを日ごろから考えていたので、今回の3枚組は快挙だったと思います。オリジナル仕様にとことんこだわった結果は、こちらの予想以上に素晴らしい出来映えでした。
音楽は文化です。ぼくは、パッケージから宣伝の仕方から、極端なことをいえば担当者まで含めて、すべてが音楽という文化だと考えています。そこがダウンロードをすればこと足れりとしているひととの決定的な違いです。

つまり、音だけを楽しむのではないんですね。例えば、絵の場合は、どんな額縁に入って、どの美術館で見るのか、どんなひとが見に来ているのか、会場ではどんなものが売られているのかとか、あらゆるものを含めてぼくは楽しみます。
音楽も同じで、総合的なもののなかのひとつの要素が演奏なり歌だと考えています。これはぼくのへそ曲がり的思考から出てきた発想なので、おそらくほとんどのひとが異を唱えるでしょう。それでいいんです。ひとそれぞれですから。理由も理屈もありません。そう思っちゃったんだからしょうがないでしょう、ということです。
ところで、横尾さんで思い出しました。先日作家の平野啓一郎さんと次回の本の打ち合わせをしたときのことです。平野さんは横尾さんとも親しく、先日アトリエにお邪魔したそうです。そのときに話題になったのがスーギさんと和田さんのことでした。

あれは、「スーギさんへのオマージュといったから盗作騒動になってしまったんだ、対応の仕方が悪かった」というのが横尾さんの考えです。それではどうすればよかったのか。横尾さんいわく、「飛行機に乗ってイタリアまで行き、スーギさんのアトリエで絵の写真を何枚も撮り、その絵を見ながらそっくりな絵を描く、というパフォーマンスだった」といえばよかったのに、ということでした。
さすが横尾さん! ぼくは感心しました。たしかにそんなことをするひとはいませんし、それなら、(芸術と呼べるかどうかはわかりませんが)たしかに何らかの表現手法と解釈してもいいかもしれません。ぼくは、そういうの大好きですし。
横尾つながりで妙な方向へ逸れてしまいましたが、最後に紙ジャケットでの不満をひとつ。それは帯(業界用語ではキャップ)です。最近はソニーもそうですし、東芝あたりもアナログ時代の帯も再現しています。だだし、これも社内のシステム上無理なんでしょうが、規格番号と価格が現在のものになっています。

これもそっくりそのまま同じものにしてもらえたらどんなに気分がすっきりすることでしょう。オリジナル通りに復刻というのは一種の遊びです。パロディといってもいいかもしれません。それならとことんやってもらいたいものです。
旧価格や旧番号をそのまま載せると混乱をきたすというのであれば、そんな混乱はきたさないと思います。きたしたとしても、それはそれでいいじゃないですか。そもそも、冗談みたいなものなんですから。それが大変だと思うところが、もうすでにこの手のことをする上では適していない感覚かもしれません。ジャケットを入れているビニール袋にでもその旨を記載すればいいだけのことでしょう。ジャケットの出来は最高でも、サンタナの場合もそこが弱点といえば弱点でした。でも、面識はありませんが、担当ディレクター氏には心からお礼をいいたいと思います。