ニューヨークから戻り2日が過ぎました。翌日の朝から仕事があったので、お陰で時差ぼけもなくいまのところ順調です。もう昨日になりますが、「ブルーノート東京」でブランフォード・マルサリス・カルテットを観てきました。
残念だったのはサッカーのキリンカップとバッティングしてしまったことです。このことをすっかり失念して、というか、そんなことは考えもせずに、しばらく前から「ブルーノート東京」へ行くスケジュールを組んでいました。それが唯一の心残りですが、その心残りを一瞬にして忘れさせてくれたのがブランフォードのステージでした。
まずは1曲目がスタンダードの「ラヴァー」。テーマ・パートをラテンのリズムで演奏するアイディアが洒落ていました。次は、ブランフォードがいつも演奏するオーネット・コールマンの「ギッギン」。かなり力の入った演奏でしたが、もうひと息といったところでしょうか。
3曲目はバラードで、ブランフォードのオリジナル「サウザンド・オータム」。この辺からエンジンがかかり、次のセロニアス・モンク作「ベムシャ・スイング」では余裕のプレイを披露し、最後がジェフ・テイン・ワッツの作の「Mr.J.J.」というプログラム。このラストが最高でした。
相変わらずブランフォードは起伏に富んだフレーズをばりばりと吹きまくります。フレーズ作りは、はっきりいってあまり巧くありません。テクニックはあるのですが、どこかで行き止ってしまいます。ところが、これがぼくにはほどよいフェイントに感じられるんですね。
ここがジャズの微妙なところです。フレーズがスムーズに流れればいいというものでもありません。それよりは味わいを重視したいと思います。ブランフォードの場合、その味わいがぼくにちょうどいい感じなんです。演奏する側と聴く側の相性があるとすれば、彼のプレイはぼくのテイストにぴったりなんですね。
メンバーはピアノがジョーイ・カルデラッツォ、ベースがエリック・リーヴス、そしてドラムスがジェフ・テイン・ワッツ。このメンバーでもう何年になったでしょうか? 気心が知れている分、カルテットはいい形で奔放なプレイをしてみせます。こういうことができるのも、互いに信頼感があるからなんでしょう。これまた、ブランフォードのカルテットならではです。
一体感ではなくて、あくまで自由に4人が演奏することで生まれる奔放な展開。長年一緒にやっていれば、演奏や構成はまとまってくるのが普通です。ところが、ブランフォードのカルテットは経験を重ねるたびに奔放になってきました。これはキース・ジャレットのトリオにもいえることですが、たまにこういうグループがジャの世界では生まれます。あとは、マイルス・デイヴィスのクインテットがそうでした。
やればやるほど自由になっていく──これもジャズの面白さに繋がっています。ブランフォードが相変わらずそうした姿勢を保っていることで、ぼくはまたジャズの楽しさをひとつ味わうことができました。
右はジェフ・テイン・ワッツ
今回は本業というほど大げさではありませんが、「メンバーのひとりが軽い椎間板ヘルニアになったから相談に乗ってほしい」とブランフォードから1週間ほど前にメールをもらっていました。日本に来る前は韓国で演奏していたんですが、そこで左の坐骨神経痛が出たそうです。それでMRIを撮ったから見てほしいという内容でした。ところがぼくはそのときニューヨークだったんで、結局最終日の昨日、楽屋で診察とは行きませんが、問診とアドヴァイスをしてきました。
バンドは明日(もう今日ですが)サンフランシスコで1日だけ演奏してニューヨークに戻るというので、ニューヨークの病院でもう一度チェックをしてもらい、演奏を続けながら治療を行なうか、この際、手術を受けるかを決めたら? と、ちょっと曖昧な結論しか出せませんでした。
そういえば、ブランフォードも日本に来るたび、あっちが痛いこっちが痛いといってはぼくの大学病院でリハビリを受けたりしています。今回はぼくがいなかったため病院には来ませんでしたが、楽屋では「左肩が痛くて」(上の写真です)とぼやいていました。
ニューヨークに留学していたときに宿題のレポートの英語をチェックしてくれた良き隣人のブランフォードですから、少しでも恩返しができるのは嬉しいことです。なんて、以前、ちょっと真面目に自分の気持ちを伝えたことがありました。
そのせいかどうかはわかりませんが、それ以来、ときどき、来日するミュージシャンや日本に住んでいるアメリカ人の友人・知人が、ブランフォードの紹介だといって病院にやってきます。いったいどういう風にぼくのことを紹介しているのか、今度会ったら聞いてみたいと思います。