1974.4.12 Herbie Mann 渋谷公会堂
ハービー・マンを低く見ている人がたまにいるけど、その人は本質がわかっていない。ましてや聴かず嫌いは論外だ。このときのメンバーを見れば、いかに優れた嗅覚の持ち主かわかる。置き土産となったアルバムも曲目に惑わされてはいけない。
『伝説のライヴ・イン・ジャパン 記憶と記録でひもとくジャズ史』よりhttps://amzn.asia/d/bVUdQzg
『ハービー・マン/日本の印象』(LP)
ワーナー・パイオニア/Atlantic P 8515 A
[Side One]
① あなた(小坂明子)2:50
② 個人授業(阿久悠、都倉俊一)2:48
③ たんぽぽ(松本隆、筒美京平)3:30
④ 時は過ぎて(下田逸郎)5:01
⑤ スモモの花開く時(ハービー・マン)5:45
[Side Two]
⑥ サウンド・オブ・ウィンドウッド(ハービー・マン)2:33
⑦ クリケット・ダンス(ハービー・マン)5:08
⑧ 神田川(喜多條忠、南こうせつ)3:55
⑨ ワグテイル・ラヴ・ソング(ハービー・マン)3:30
⑩ 石庭に舞う蜂(ハービー・マン)5:20
①⑥⑨⑩:ハービー・マン(fl, cl) パット・レピロ(key) サム・ブラウン(g) トニー・レヴィン(elb) スティーヴ・ガッド(ds) アーメン・ハヴブリアン(per) 小坂明子(vo on ①) 村岡実(尺八)とニュー・ディメンション(⑥⑨⑩)
1974年4月1日、13日、14日 東京・目黒「モウリ・スタジオ」で録音
②-⑤⑦⑧:ハービー・マン(fl & cl on ⑧) パット・レピロ(key) ボブ・マン(g) ジェリー・フリードマン(g) トニー・レヴィン(elb) スティーヴ・ガッド(ds) アーメン・ハヴブリアン(per)
1974年 ニューヨーク「アトランティック・スタジオ」で録音
ハービー・マン(1930年4月16日 - 2003年7月1日)はこのときが6回目の来日だった。ただし、これまでレコーディングは一度も行なわず、「ハービー・マン・プレゼンツ」の名目で監修した、1967年(3回目)の『ハービー・マン・ソング・ブック』[075]、69年(4回目)の『ロイ・エアーズ・カルテット/第1集:カミン・ホーム・ベイビー』[089]と『同/第2集:オール・ブルース』[090]が残されているだけだ。それと、関与はしなかったが、70年(5回目)に来日したメンバーで、『スティーヴ・マーカス/グリーン・ライン』[111]と『スティーヴ・マーカス&ソウル・メディア/サムシング』[112]が吹き込まれている。
6回目となった今回は日本で唯一のレコーディングが実現した。曲目を眺めると、小坂明子の〈あなた〉、太田裕美の〈たんぽぽ〉、フィンガー5の〈個人授業〉、南こうせつとかぐや姫の〈神田川〉といった曲が並んでいる。日本のレコード会社は、バーデン・パウエルの『知床旅情』[117]、アート・ブレイキーの『花嫁』[125]といった「歌のない歌謡曲」的アルバムを作った実績(?)がある。今回もその路線か?
そう思うのは早計だ。きちんと準備したうえで、ハービー・マンにしか表現できない音楽を収録したのがこの作品である。しかもタイトル通り、半数の5曲は日本の印象をもとに書き下ろした新曲だ。訪日の回数を重ね、日本のことを熟知した彼の「日本組曲」といっていい内容である。
録音データが正しければ、〈個人授業〉と〈神田川〉は帰国後にニューヨークで吹き込まれている。来日時に残されたのは4曲で、〈あなた〉では、フル・コーラスではないが、作者である小坂明子のヴォーカルが後半に登場する。この曲は、マンのオリジナル〈サウンド・オブ・ウィンドウッド〉とのカップリングでシングル・カットもされた。
残り3曲はマンのグループと村岡実率いるニュー・ディメンションとの共演である。これらは、いずれもマンが日本の印象を綴ったもので、彼のグループとわが国古来の音楽を新しい形で追求するニュー・ディメンションとの有意義なコラボレーションになっている。
聴けばわかるが、バーデン・パウエルやアート・ブレイキーのレコードとは制作方針がまったく違う。こちらには、ハービー・マンの作品中でも高い創造性が備わっている。コマーシャルなアルバムが多いと誤解される彼ゆえ、曲目だけを見ると、こちらもそういうものかと思われそうだ。しかし、ハービー・マンは常に真摯な姿勢で音楽に向き合ってきた。その一端がこのレコーディングで示されている。
本作に対し、彼が本気で取り組んだことは、日本で録音したテープを持ち帰り、ニューヨークのスタジオでミックスダウンをしていることからもわかる。演奏しただけ、録音しっぱなしではなく、自分の作品として最後まで責任を持って制作したのがこのアルバムだ。
もうひとつ言及するなら、マンは常に時代を切り開く有能なメンバーを起用してきた。この作品も例外でない。今回は、サム・ブラウン、トニー・レヴィン、スティーヴ・ガッドといった、この時期を代表する精鋭が集められている。このことからも、音楽をイージーには考えていない姿勢が伝わってくる。その彼が日本とニューヨークで吹き込んだこのアルバム、もっと話題になっていい内容だ。