1973.11.21 Count Basie & Carmen McRae 渋谷公会堂
このときのカーメンは、同道したピアニストに荒川康男と猪俣猛のトリオで登場。ベイシー・オーケストラとの共演はなかったが好唱を聴かせてくれた。ベイシーのシンプルなピアノと抜群のスイング感もご機嫌。この日はコンサート終了後、マクレエのピアノ弾き語りによるレコーディングが新宿「DUG」で行なわれた。
『伝説のライヴ・イン・ジャパン 記憶と記録でひもとくジャズ史』よりhttps://amzn.asia/d/bVUdQzg

『カーメン・マクレエ/アズ・タイム・ゴーズ・バイ』(LP)
ビクター音楽産業/Victor SMJ 6034
[Side One]
① アズ・タイム・ゴーズ・バイ(ハーマン・ハプフェルド)5:41
② アイ・クッド・ハヴ・トールド・ユー・ソー(カール・シグマン&ジミー・ヴァン・ヒューゼン)4:11
③ モア・ザン・ユー・ノウ(ヴィンセント・ユーマンス、ビリー・ローズ、エドワード・エリスク)5:18
④ アイ・キャント・エスケイプ・フロム・ユー(レオ・ロビン、リチャード・A・ホワイティング)3:41
⑤ トライ・ア・リトル・テンダーネス(ジミー・キャンベル、レグ・コネリー、ハリー・M・ウッズ)3:52
[Side Two]
⑥ ラスト・タイム・フォー・ラヴ(カーメン・マクレエ)6:15
⑦ サパー・タイム(アーヴィン・バーリン)3:19
⑧ ドゥ・ユー・ノウ・ホワイ(ジミー・ヴァン・ヒューゼン)4:41
⑨ バット・ノット・フォー・ミー(アイラ・ガーシュウィン、ジョージ・ガーシュウィン)5:52
⑩ プリーズ・ビー・カインド(サミー・カーン、サウル・チャプリン)5:54
カーメン・マクレエ(vo, p)
1973年11月21日 東京・新宿「DUG」で実況録音
1973年、大御所シンガーになっていたカーメン・マクレエ(1920年4月8日 - 1994年11月10日)が4度目の来日を果たす。そのときに録音されたのが弾き語りをしたこのアルバムだ。
マクレエは日ごろからステージで1曲か2曲、ピアノを弾きながら歌う。若いころは弾き語りで活動もしていたし、『アフター・グロウ』(デッカ)などで何曲かレコーディングを残している。ただし、こういう場合もリズム・セクションがつき、ひとりで弾き語りをしたことはほとんどない。そこに目をつけたのが日本のレコード会社だ。
当初は、同行したピアニストのトム・ガーヴィンとふたりでバラード集を作る計画があった。しかし、相性にいまひとつ不安があることから、「それなら、マクレエの弾き語りでいってみよう」となる。ところが彼女は「3曲しかレパートリーがない」と、申し出を断る。それでも日本側のディレクターと話を詰めていくうちに、「あの曲ならできるかもしれない」「これも思い出した」となって、10曲がリストアップされる。かくして、忙しいスケジュールの合間を縫い、新宿の小さなジャズ喫茶「DUG」でこのアルバムはライヴ収録された。
選ばれたのは渋い曲ばかりだ。徹底的に通好みの内容である。マクレエは聴衆にすり寄らない。本格派のジャズ・シンガーらしく、多くの曲がヴァースから歌われる。自分の世界に没入し、淡々とピアノを弾きながら、歌いたい曲を好きに歌う。自宅の居間で、誰にともなく歌っている風情だ。
ステージで垣間見せるピアノの腕前が達者なことはわかっていた。饒舌ではないが、センスのよさを感じさせる。〈モア・ザン・ユー・ノウ〉や自作の〈ラスト・タイム・フォー・ラヴ〉のソロなど、指のもつれるところもあるが、雰囲気は抜群だ。しかも意外なことに、用いるコードに斬新な響きが込められている。家では新しいレコードを聴きながらピアノを弾いていたのかもしれない。
それにしても、マクレエの弾き語り集とは前代未聞だ。それもバラード集である。とても「3曲しかレパートリーがない」といったひとには思えない。その後もこの手の作品は作られていないから、これは世界に誇っていいアルバムだ。