ジョニー・キャッシュは1960年代末に好きになったカントリー・シンガーです。当時、彼が所属していたレコード会社は米コロムビアです。米コロムビアのレコードは日本コロムビアから発売されていました。しかしソニーが米コロムビアと契約を結んだことから、CBSソニーというレコード会社が設立されました。これがソニー・ミュージックエンタテインメントの前身ですね。
日本コロムビア時代、米コロムビアのポピュラー系作品はきちんとした形であまり出されていませんでした。ロック系はほぼ全滅に近い状態で、ボブ・ディランやバーズなんかも日本編集盤が優先されていたように記憶しています。
当時のロック・ファンはシングル盤を中心に買ったり聴いたりしているほうが多かったので、それでよかったのでしょう。ところがCBSソニーは、アルバム単位でのプロモーションに力を入れました。ディランやバーズはすべて米オリジナル盤と同じものが日本盤で順次発売されるようになったのです。
そうしたリリースの中にジョニー・キャッシュのレコードも含まれていました。カントリーの世界では大物だった彼ですが、ぼくは「ディランのカントリー版」という認識で彼のレコードに出会いました。

最初に買ったのが『アット・フォルサム・プリズン』です。当時のレコードが手元にあります。邦題は『監獄の唄』となっています。その帯には「話題集中!! フォルサム監獄でのナマ録音!!」とキャッチコピーが書かれています。
その次に買ったのが『アット・サン・クエンティン』です。こちらも刑務所での実況録音盤だったので、ぼくはジョニー・キャッシュのことを、てっきり監獄慰問をする専門のシンガーかと思っていました。
しかし、ディランのカントリー版と思って聴き始めた彼の歌にはすぐに魅了されました。どすを利かせた低音のヴォーカルが何とも言えない哀しみやアウトローのイメージを抱かせたからです。
このフォルサム監獄でのライヴをひとつのハイライトにした映画が、昨日観た『ウォーク・ザ・ライン』でした。ジョニー・キャッシュのキャリアの前半部分が、彼の内面を掘り下げて丁寧に描かれていました。
音楽映画の常で、ドラッグ問題と愛憎劇がこの作品でも中心になっています。それらを通して、自身の苦悩と、それを超えてやがて進むべき道が見えてくるまでをたどった内容の映画です。
音楽ファンのぼくとしては、どうしてもあちこちに登場してくるステージのシーンが気になります。サン・レコード時代にプレスリーやジェリー・リー・ルイスたちとパッケージ・ショウであちこちを回るシーンは興味深く観ました。

プレスリーはちょっとイメージが違って、若いときはもっと美少年で、かつちんぴら然としていたように思います。でも、ジョニー・キャッシュ役のホアキン・フェニックスは好演です。若いときの彼にそっくりな仕草は、かなり研究したのでしょう。この間、偶然フォルサム刑務所にジョニー・キャッシュが出たときの記録フィルムを観たのですが、それがうまく再現されていました。
最近の映画は、『Ray』にしろ『ビヨンド・ザ・シー』にしろ、役者が本人のことをかなり研究しているようです。日本ではあまり話題にならなかったのですが、『ビヨンド・ザ・シー』のケヴィン・スペイシーなんか、ボビー・ダーリンにそっくりでした。
若いときのジョニー・キャッシュは、異論はあるでしょうがジョー・ペシに似ています。ぼくはずっと以前からそう思っていました。映画ではその時代を中心にホアキン・フェニックスが演じていたわけですが、彼とジョー・ペシは似ても似つかないのに、ちょっとした表情がジョー・ペシ的だなと密かに思いながら観ていました。
この映画でアカデミー賞「最優秀主演女優賞」を受賞したジューン・カーター役のリーズ・ウィザースプーンも、アカデミー賞に値する演技かどうかは別にして、歌う仕草が本人によく似ていました。
そして映画では、ふたりが吹き替えなしで実際に歌っていることにも驚かされました。ホアキン・フェニックスの男性的な歌いっぷりはジョニー・キャッシュそっくりです。ぼくは1980年代に一度だけ彼のライヴを観ましたが、そのときの様子が彷彿とされるほどの出来映えでした。
最近はいい映画音楽が多くなってきました。ただしドラッグと女性問題が常につきまとっていますが、これは避けて通れないことなので仕方がないでしょう。
今後公開される予定の映画では、ドキュメンタリーですが『トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男』が楽しみです。トム・ダウドはアトランティック・レコードのエンジニア/プロデューサーとして活躍したひとで、ぼくが大好きなサザン・ソウルの大物たちの作品も手掛けています。映画の『Ray』にも、スタジオ・シーンで役者が演じるトム・ダウドが何度も出ていました。
試写会の招待状が来ていたのですが、スケジュールが合わず行けませんでした。でも映画は試写会室で観るより、「映画館のビッグ・スクリーンで観る派」なので、どうせ映画館にも行くつもりでしたから、公開を楽しみに待つことにしましょう。