ちょっと間があいてしまいましたが、久々の3回目です。やはりマイルス・デイヴィスについて触れないわけにはいかないでしょう。
傲岸不遜を絵に描いたようなマイルスですが、実際は優しい心の持ち主でした。気遣いも相当なものです。ぼくの個人的な体験についてはよそでも書いているので、今回は触れません。ひとつだけ、前回(ギル・エヴァンス)の繋がりで、書き残したことを追加しておきます。
1970年代末のことです。マイルスは長期の隠遁生活を送っていました。彼のことを心配して、ギルはよくマイルスの家を訪ねたそうです。ところがそんなギルにも滅多に仕事はありません。
そこで、ギルは久しぶりにオーケストラを結成しようと考えました。しかしオーケストラともなれば、リハーサルをするにしてもそこそこ費用はかかります。スタジオ代も必要ですし、写譜を頼むのにもお金がかかります。もっとも譜面を書くのが趣味だった彼のことですから、大半の譜面は自筆でまかなったそうですが。

そんなギルのところにヨーロッパのプロモーターからツアーのオファーが来ました。しかしオーケストラは存在しません。要領のいいミュージシャンなら、適当にメンバーを集めてツアーに出てしまうかもしれません。しかし完璧主義者の彼にはそれができません。
この話は人づてにマイルスの耳にも入りました。そしてあるとき、彼は家にやってきたギルに向かってこういったそうです。
「1週間後にオーケストラの譜面を持っておれの家に来てくれ」
ギルには何のことかわかりません。マイルスにはオーケストラの構想は話してあったのですが、そこでストップしたままになっていました。
そして1週間後。
ギルがマイルスの家に行くと、オーケストラを構成するには数が足りませんが、何人かのミュージシャンが集まっていました。そしてマイルスはこういったそうです。
「メンバー全員を集めてしまったら、おれのオーケストラになってしまうからな」
あとは自分で集めろ、ということでしょう。
このときマイルスに呼ばれたミュージシャンは7~8人だったそうです。ギルは当初フル・オーケストラを考えていたのですが、これがヒントになって、マイルスとかつて結成していた9重奏団に譜面を書き直しました。

結局ヨーロッパ・ツアーは準備が間に合わず流れてしまいましたが、この時期にマイルスの家で何度か行なわれたリハーサルがきっかけで、ギルはしばらくのちにパブリック・シアターでコンサートを開くことになります。
ぼくが一番気になったのは、マイルスの家で行なわれたリハーサルに、マイルスが入ったかどうかです。ギルはこう教えてくれました。
「マイルスはわたしたちの演奏に合わせて、勝手にオルガンを弾いて楽しんでいたよ」
もしこのときのことをマイルスに訊ねたら、こんな風に嘘ぶいたかもしれません。
「ギルのためにおれがメンバーを集めたって? あれはおれが楽しむために集めたんだ」