今日は本業が午後からなので、午前中は4月に河出書房新社から出す本に使う写真を整理していました。でも、こういう作業ってなかなか進みません。1枚、1枚に見入ってしまうからです。オーヴァーに言えば、ひとつひとつの写真に思い出があるんですね。あのときはああだったとか、このときはこんなだったとか。
それで、面白いことに気がつきました。悪い思い出がひとつもないんです。みんないい思い出ばかりです。その時点ではいやなこともあったんでしょう。でもそういうのって、無意識のうちに消し去っているのかもしれません。いやな思い出を引きずってもしょうがないですしね。
写真を見ながら考えていました。これまでにどのくらいのひとにインタビューしてきたんだろうって。相当な数であることは間違いありません。1000人まではいかなくても500人は超えています。それにしても、いろいろなひとがいたなぁ。中でも一番優しく接してくれたのがソニー・ロリンズです。
そもそもミュージシャンと接していて、いやな気分になったことはほとんどありません。無口なひとや愛想のないひともいます。ぼくにも少なからずその傾向がありますから、気持ちはわかるんです。疲れていたり、何度も同じ質問をされたりして、うんざりのときだってあるでしょう。
それでも、ミュージシャンは概してインタビューアーには親切なものです。中でもロリンズは最高に優しいひとでした。東京、ニューヨーク、彼の自宅など、これまでにあちこちでさまざまなテーマのインタビューをしてきました。そのたびに、いつも誠実に答えてくれます。だから彼とインタビューしたあとは、ほのぼのとした気分で帰路に着くことができました。
体験的なことから言わせてもらうなら、ジャズ・ミュージシャンの場合、大物になればなるほど「いいひと度」が上がっていきます。苦労してきたからでしょうか。あのマイルス・デイヴィスだって、実際に接してみると、驚くほど優しいひとでした。
ロリンズとはこんなことがありました。1997年にニューヨークでインタビューしたときです。彼から指定されて、ミッドタウンにあるSIRスタジオに行ったんです。ここは、有名なリハーサル・スタジオで、レコーディングもすることができます。
どうしてそんな場所を指定してきたのか疑問だったんですが、着いてみて理由がわかりました。ロリンズはフォト・セッションがあると思っていたんです。インタビューだけならもっと簡単な場所で済ませますが、彼はわざわざスタジオを借りて、お洒落をして、その上サックスまでぴかぴかに光らせてぼくを待っていてくれました。撮影するならと、ロリンズなりの配慮だったんですね。
どうしてこういう行き違いが起こったかと言えば、インタビューのセッティングをしてくれたレコード会社の担当者が勘違いしたんです。ぼくはこの日、2時間かけてロリンズからありとあらゆることを聞くつもりでした。この2時間というのが、勘違いをさせたようです。普通、インタビューと言えば30分、長くても1時間です。それが2時間と言われれば、写真撮影の時間も含まれていると考えても不思議はありません。
ところがこちらはぼくひとりで、持っているのはインスタント・カメラだけなんですから、焦りました。事情を説明して、平身低頭、ひたすら謝るぼくに、ロリンズはこう言ってくれたんです。
「今日のカメラマンは君なんだから、そのカメラで撮ろうじゃないか」
恐縮しきりとはこのことです。
「2時間じっくりインタビューをしよう。何でも答えるから、遠慮はいらない」
こんな言葉をかけてくれるミュージシャンに会ったのは初めてです。ロリンズの優しいひと柄に接して、ぼくはとても嬉しく思いました。同時に、こんなに素晴らしい人物にインタビューできることを光栄に思いました。
これ以前にも何度かロリンズにはインタビューをしていたんですが、このアクシデントをきっかけに、彼にはそれまで以上にいろいろなことが率直に聞けるようになりました。これはインタビューアー冥利に尽きます。こんなひとたちと会えるから、この仕事はやめられません。