
先週末に観てきた映画です。とてもよかった。アルゼンチン・タンゴは、地元のひとに言わせれば、ヨーロッパからの影響をいっさい受けていないこの国独自の音楽だそうです。でも、ギターはクラシック・ギターにとても通じていると思うんですが。

そんなことはどうでもいいとして、Anibal Arias、Leopoldo Federico、Oscar Ferrari、Carlos Garcia、Juan Carlos Godoy、Virginia Luqueなど、アルゼンチン・タンゴの黄金時代を築いた巨匠たちが再会し、レコーディングをして、最後は世界三大劇場のひとつ「コロン劇場」で盛大なコンサートを開くという内容。言うならば、タンゴ版「ブエナ・ヴィスタ・ソーシャル・クラブ」です。

作りはイージー。でもタンゴの巨匠たちが繰り広げる音楽の素晴らしさと、彼らのキュートでダンディでチャーミングなパーソナリティ、そうしたものに最初から最後まで魅了された1時間半強。いい時間を過ごすことができました。
歳を取ると、自分はどういう年寄りになりたいのか、そんなことを考えます。先日のムッシュのコンサートやこの映画を観ながら、若いころには思ってもいなかったことを考えるもんだなぁ、と我ながら苦笑することしきりです。
やっぱりミュージシャンはかっこいい。かっこ悪いミュージシャンもたくさんいますが、何十年もやってきて、自分の音楽に生涯を捧げているひとのかっこよさには特別なものがあります。
ミュージシャンに限らず、ひとつのことに人生をかけているひとは本当にかっこいい。他人が認めてくれなくても、その生き様は尊いし、かっこいいし、ぼくはそういうひとを尊敬したいですね。
翻って自分のことを考えると、これがまったくダメなんだなぁ。ぼくもいろいろなものを犠牲にしたり諦めたりしながら好きなものを追求してきました。ただし、苦労がありません。苦労しなきゃかっこよくない。そんなことに気がついて、ダメさ加減に改めて思いがいたりました。
「好きなことしかしない」「面倒なことはやらない」「嫌な気分は味わいたくない」

病気をしてから、こういう思いがそれまで以上に強くなってきました。それが許されているんですから、幸せです。その分、迷惑を蒙っているひともいるでしょうが、スイマセンねぇ。
かっこ悪くても、幸せならいいか? そんなことを思いつつ、映画の余韻に浸りながら、アルゼンチン・タンゴのCDをとっかえひっかえ聴いているこの数日です。でもウィッシュボン・アッシュやブラック・サバスもこの1週間くらい本気で聴いているぼくって、やっぱりおかしいかな?
そうそう、ブエノスアイレスにも行きたいし、アルゼンチン・タンゴとは関係ないですけどイパネマにも行きたくなりました。ブラリと入ったカフェやクラブでタンゴとかボサノヴァが聴けたら最高ですね。元気なうちに行ってみたい場所の候補です。

それからこの「コロン劇場」、なんてかっこいいんでしょう。ここも一度は行ってみたい場所ですね。