ヘレン・メリルのライヴは何年ぶりでしょう? 久しく観ていなかったですが、昨日は「ブルーノート東京」のステージで彼女のヴォーカルを堪能させてもらいました。
ぼくの母親世代なのでかなり高齢です。それでもわが母親に比べたら月とすっぽん。かくしゃくとしていました。もともとこのひと「ニューヨークのため息」と呼ばれていたほどですから、声は張り上げません。肩から力の抜けた自然体のヴォーカル。これが、実に心地よかったです。
若いころはけっこう難しい歌い方もしていたヘレン・メリルです。ところが現在は実にノーブル。フェイクもなければスキャットもなし。メロディを忠実に歌うだけ。それでもジャズを感じさせるところがキャリアです。なんでもそうですが、人間、この域に達したら誰もかないません。
バックもよかったですね。テッド・ローゼンタール。ニューヨークにいたころ、このひとのピアノをときどき聴く機会がありました。若いのに洒落たタッチで、「ハンク・ジョーンズみたいだなぁ」なんて思ったことがあります。
ベースはスティーヴ・ラスピーナ。ひところは大忙しのベーシストでしたが、生で聞くのは久しぶり。スラム・スチュワートとまではいきませんが、ハミングとのユニゾンでソロを聴かせてくれたり、名手ぶりは相変わらずでした。
ドラムスのテリー・クラークも趣味のいいひとで、このトリオ、ヘレン・メリルの伴奏に最適です。冒頭で2曲、終盤で1曲を聴かせてくれたトリオによる演奏もご機嫌でした。
だいぶ以前ですが、ヘレンにはクリフォード・ブラウンやギル・エヴァンスについての話を聞いたことがあります。そのときの言葉で一番印象に残っているのは「誠実に生きること」でした。「音楽は怖い」とも言っていました。「だって、そのひとのすべてがパフォーマンスに反映されてしまうもの。だから、わたしは誠実に生きたいと思っている。クリフォードやギルのようにね」
番組ブログでもインタヴューについての雑感を書きましたが、インタヴューする醍醐味はこういう言葉が聞けることです。生身の人間に話をしてもらうのですから、音楽の話だけではつまらない。
ぼくは音楽以外の話をするときの彼らの表情も大好きです。時間の関係もあって番組ではなかなかそこまで紹介しきれないのですが、それは単行本などで書くことにしています。
ジャズの歴史に名を残したアーティストのライヴに触れるとき、ぼくはいつも格別な思いに浸ります。ヘレンなら音楽的にもっと見事なステージに接したこともあります。ですが、昨日のパフォーマンスもぼくの心に残るものでした。こういう素敵なものが居ながらにして聴ける幸せ。ぼくが若かったころを思えば、信じられないほど恵まれています。いい時代になりました。