先日ですが、恵比寿の「ガーデン・シネマ」で観てきました。予告編を観たときから気になっていた映画です。音楽ファンならお馴染み(でもないかな?)のチェス・レーベルの物語です。ジャズ・ファンならアーゴの親レーベルといえば、わかりますよね。
主人公はチェスの創立者であるレナード・チェス。本当はフィルとのチェス兄弟でレーベルは運営されていたのですが、話がややこしくなるからか、フィルは登場しません。
ブルースやR&B専門のチェスはポーランド移民のチェス兄弟、ジャズのブルーノートはドイツ移民のアルフレッド・ライオンが設立しています。こよなく愛した黒人音楽を、後世の遺産として記録したのがアメリカ人ではなかった──そこがアメリカの面白いところです。いろいろ考えさせられもします。
ストーリーはレナードとマディ・ウォーターズの友情や信頼、そして不信といったものを軸に展開していきます。そこにリトル・ウォルター、ハウリン・ウルフ、エタ・ジェームス、チャック・ベリーといったチェスを代表するスターが絡み、1950年代の典型的なマイナー・レーベルのあれやこれやが描かれています。
ついでにミネソタ・ファッツまで出てきたのはびっくりです。このひと、映画の『ハスラー』で主役のポール・ニューマンが対峙した実在の人物です(映画ではジャッキー・グリーソンが演じています)。そのひととエタがつながっていたとは知りませんでした。
この手の映画では定番の麻薬やアルコール依存も重要な要素になっています。当時、レコードのプロデューサーやオーナーの仕事はジャンキー対応が大きなものだったのかもしれません。ライオンもそれでずいんぶん苦労したそうですし。
『ドリーム・ガールズ』でもペイオラ(なんのことかわかりますか?)のシーンが出てきますが、レナードもペイオラでヒット曲を生み出します。こういうシーンは、知っている人が観ればにやりとするでしょう。
エタ・ジェームスを演じたビヨンセがよかったです。彼女が歌う「アット・ラスト」。これ、大好きな曲です。
そっくりさんではミック・ジャガー(歌いっぷりが)とチャック・ベリーでしょうか。ぼくはレコーディングのシーンが興味深く、そういうディテールをじっくりと観るため、もう一度この映画は観に行ってもいいかなと思っています。
人種差別が厳然としてあった時代です。コンサートでも白人と黒人の席は左右に分けられていました。バスだと黒人は後部の座席に追いやられるのですが、コンサートでは左右だったんですね。こういうところは妙に公平です。チャック・ベリーのコンサートでは、興奮した白人のファンが黒人席になだれ込み、その後は境界線がなくなってしまいます。
そういうわけで、チャック・ベリーは人種の壁を破った最初の黒人アーティストとなったんですが、この手のエピソードをいろいろと盛り込みながらの約2時間は、音楽ファンでなくとも楽しめると思います。
映画のタイトルは、ヒットを飛ばしたアーティストにギャラの一部として新車のキャデラックがレナードから贈られることに由来しています。あの時代、黒人がピカピカのキャデラックに乗っていてトラブルには見舞われなかったんでしょうか?
チェスは黒人音楽のレーベルとしてかなりの成功を収めます。そうなると、アーティストはオーナーに印税を搾取されているのでは? と不信感を抱くなるようになります。これは、当時の業界ではよくあった話です。
レナードも優雅な生活を満喫していました。実際に搾取があったかどうかは知りませんが、黒人には常に差別意識や被害者意識がありますから、自分のレコードがヒット・チャートを賑わすようになれば、誰だってそう思って不思議はありません。これがブルーノートだと、オーナーも貧乏生活をしていたので、誰もそんなことは考えなかったようですが。
ライオンと同じようにミュージシャンと音楽を心から愛していたレナードですが、ヒットしたのが不幸だったかもしれません。ライオンはこの世を去ったいまも多くのミュージシャンから敬愛されていますが、チェス兄弟のことをよくいうひとはあまりいません。
映画には、マディ・ウォーターズの「フーチー・クーチー・マン」の作者でベーシストのウィリー・ディクソンも登場します。このひと、チェスではかなり重要な働きをしたんですが、その一部しか紹介されなかったのは残念です。フィルのことと同じで、あんまり話を広げてもまとまりがつかなくなるからでしょうね。
なお、チェスの事務所とスタジオがあった建物(2120 S. Michigan Ave.)は、1990年にシカゴ市のランドマークに指定されています。そしてウィリー・ディクソンの未亡人メアリーが1993年にこの建物を買い取り、1997年からはウィリーが設立したブルース・ヘヴン・ファウンデーションの本部として使用されています。シカゴに行くチャンスがあれば、ぜひのぞいてみたいです。
そうそう、この映画、音楽はテレンス・ブランチャードが担当しています。とはいっても大半はチェスのヒット曲ですから、彼の作品じゃありませんが。