髪を伸ばして派手な服を着てエレキ弾くなんてけしからんって、大人からはいつも白い目で見られてたよ。
世の中もイデオロギーだナントカ主義だって騒いでいたときだから、自分の好きなことを好きなようにやっていた我々みたいな世代は、常に社会から否定されながら生きてきた気がするね。
今やロックも、音楽やファッションのひとつのスタイルとして市民権を得ているわけだけれども、本当に変わったなと思うのは、若い子達と大人が一緒になってロックを楽しんでいることだね。
例えばうちの息子の仲間達とか、バンドをやっている子達なんかの話を聞くと、その親もやっぱりロックが大好きだったり、今でもバンドをやっていたり、っていうことがよくある。
まあ我々の世代が子どもや孫を持つようになったわけだから、自然な現象ではあるんだけども、そうやって二世代目、三世代目が現れてきたってことはロックにとって画期的だと思うんだ。
「親父、このバンドかっこいいよな」、「いや昔はこんなバンドがいてさ」なんて、ロックが親子で共通の話題になるし、例えばうちの息子に対しても自分がプロのミュージシャンとしてアドバイスできる。息子の方も演奏の中でちゃっかり俺のコードを弾いてたりするからね。
俺の父親は堅物で厳しかったから、ロックなんかやめろって何度も怒られたし喧嘩もした。でも母親の方がしょうがなくっていう感じで認めてくれていから勘当はされずに済んだ。
自分がそういう境遇を生きてきたからかもしれないけど、親子でロックを楽しめる今の世の中っていうのは本当に素晴らしいと思うよ。
ただ、それが高じて子どもがギターやりたいって言えばすぐ買ってあげたり学校に通わせてやったりって、やり過ぎちゃうのはよくないね。
それが全部悪いとは言わないしひとつの方法ではあるけれど、学校を卒業したからって本人に本気の情熱がなければ一人前のミュージシャンにはなれないよ。音楽を演奏するのに免許も資格も関係ないからね。
俺達の頃は周りと対立してでもロックをやり続けてきたし、絶対うまくなってやるっていう思いで、クラプトンの数小節のソロをレコードの針を何度も手で戻しながら聴いたんだよ。それこそレコードに穴が開くくらいに。そうやって同じように弾けるまで何百回でも練習したんだ。
それにいつも誰かを目標にしていたな。あいつには負けねえぞって思ってね。そしてそれを超えたと思ったら、また別の誰かを目標にした。そうやって常に自分で自分に課題を与えてきたね。
そういう反骨精神みたいなところから、本人も知らなかったようなパワーが生まれてくるんだと思うよ。
だから、あんまり大人が物分かりよくなる必要もない。
俺と張り合うなら返り討ちにしてやるわ、くらいの意気込みでいいんじゃないかな。






















