俺の場合はジーンズとレコードがそれ。
ジーンズは、若い頃にアメリカを旅したときに田舎町のフリーマーケットで見つけたリーバイス517のオリジナル。それは旅の思い出でもあるし、自分のアルバムのジャケットだとかスチールなんかの撮影でもよく履いていたから、自分の過去の本当に多くの場面を一緒に過ごしたジーンズなんだ。
もう今では、悪い病気にでもならなければあの頃の体型には戻れないだろうから、もう一度それを身に着けるという可能性はほとんどない。
でも、それを不要物だとかゴミだとかという風には思えないね。絶対。
ジーンズって素材自体が丈夫だし、すり切れたり穴が開いたりしても、モノとしての存在感とか味わいは一層深まるものだと思う。そういう質実剛健なところが、戦後を生きてきた俺らの世代を象徴しているような気がするしね。だからジーンズという存在そのものにも愛着とか思い入れがあるんだろうな。きっと。
うちの奥さんが趣味で洋裁やパッチワークをやっているんだけど、その素材になるような古着や端切れをいつも探しているんだ。だから俺のジーンズもいつかは奥さんの手で、買い物バッグやクッションにされてしまうんだろうと思ってるよ。
「これいらないなら使うわよ?」と言われても、最初は頑なに拒否するけど、「あの世まで持って行くつもりなの?」なんて迫られたら「はい、どうぞ」って差し出しちゃうかもね。
レコードは数は多くないけど、俺にとってはまさに教本だったもの。
当時の自分にとってはLPって高価なものだったから、本当に欲しいものだけしか買えなかった。だから一枚のLPを何万回繰り返し聞いたか分からない。
しかも「クラプトンのここのソロ」とか「ここの間奏から」って感じで、同じフレーズばかりリピートして一生懸命に耳コピしていたから、そこだけ溝がすり減って針が飛ぶようになっちゃった。
そういうレコードだからていねいには扱ってないし、傷だらけでコレクター的な価値なんて皆無だけど、俺にとっては青春のすべてを注いだ歴史の記録であり、本当に大切な思い出なんだよね。
思い出は心から消えることはないけど、その当時のモノを目にすれば一瞬にしてそのときの感情や気分が呼び覚まされる。思い出の品ってそういうもんなんだよね。
だから、どんな取るに足らないようなモノでも、もったいなくて捨てられないんだな。






















