皆さん、地震は大丈夫でしたか?僕はちょうどアフリカにいたので、ずっと外から日本の状況を見ていました...
スウェーデンで生まれた僕は、原発に関しては、直接、間接的に経験したことがあります。良かったら、皆さんにその体験や原発に関する解決法について紹介したいと思っています。
1980年 − 僕が小学5年生の時 − スウェーデンでは世界初の「原発をなくすか、あるいはしばらく続けるか」に関しての国民投票がありました。きっかけはアメリカでのThree Mile Island原発事故でした。僕は11歳なのに授業では友達や先生と議論を行いました: 「原発は事故が起こらない限り問題はありませんが、使い終わると毒素を含むゴミが出て、その毒素がなくなるまでには少なくとも2万年かかる…」。 穴を掘って、山の下に2万年以上そのゴミを保存する必要がある…を考えれば...hmmm. ここで、ちょっとタイムトラベルしましょう。2万年前のヨーロッパでは、私たちの祖先は洞窟の中に住んでいました。石器時代でした...
小学校で原発の議論を続けた。私たちはたしかに、原発のおかげで夜に電気をつけて明るくしたり、楽しいテレビ番組を見ることができるけど、出る「電気ゴミ」の始末は2万年先の未来の世代へ任せることを考えれば…?
スウェーデンの国民投票の時、僕は投票できる歳ではなかったので、両親に「お願い、反対に投票して。ぼくが大人になってから“電気ゴミ”の掃除はしたくない!」 僕は、両親と一緒に投票ブースへ行き、両親は僕のために「原発を閉める」案に投票してくれました。国民投票の結果?スウェーデンでは「現在ある原発を寿命まで使うが、徐々に原発は廃止する」ことになりました。

原発の国民投票inスウェーデン 1980年 当時の「原発反対シンボル」
当時は今と違って、グリーンエネルギーに関する知識はほとんどありませんでしたが、スウェーデン国民はこの決断のおかげでグリーンエネルギー(再生可能エネルギー)の研究などへの投資が増えました。現在、スウェーデン全国の電力使用量のほぼ半分にあたるが、バイオマス、水力、風力などのグリーンエネルギーです。
1986年、次の事故が起こりました。当時のソ連でチェルノブイリ原発事故がありました。ソ連の海を挟んだ隣にスウェーデンがあります。1000km以上 離れているのに、風はスウェーデンに向かって吹いており、放射能の一部がスウェーデンの森に飛んできました。そのため、スウェーデン人にとって大切な食材のブルーベリーやキノコは影響されて、その当時、しばらくの間は食べられなくなりました。その後、肉(スウェーデンの伝統的なトナカイの肉)の販売も禁止。その当時、しばらくの間は私のおばあちゃんの時代から食文化の一部を急に食べられなくなりま した...
国民投票の結果通り、スウェーデンの12基の原発のうち2基目がすでに閉鎖されました。両方とも、私の出身地マルメ市の原発でした。この原発で、長年働いたスタッフの1人は私の従妹の夫です。国は、以前の投票結果から対策を立て、失業者が増えないための切り替えプランを持っていました。僕の従妹の夫は、今ではソニー・エリクソン携帯電話会社に勤めています。

2005年6月1日 2機目の原発閉鎖、当時の 「スウェーデンDN新聞」の記事。
スウェーデンでの結果は?
グリーンエネルギーは次から次へ導入しています。風力、ソーラー、水力…そして、とにかく食べないジャガイモの皮やバナナの皮、コーヒーのかすでエネルギーを作ったり、個人でも会社でも風力などのエコ賢いエネルギーは自由に選べられるシステムができています。
そして信じられないほどすばらしい経済効果になった:
スウェーデンの経済成長(国のGDP)は毎年3%〜5%成長しています。
去年、政府が発表したスウェーデンの新しいビジョンは:
「2050年までにCO2削減を100%します!」。それは原発を増加せずに、石油もまったく無くす社会です。
最後に、皆さんにぜひ伝えたいのはスウェーデンでは面白い言い方があります:
「本当にほしいのは何?原発?それともエネルギー?」






















