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「声」を読んで、感じたこと。

11日の朝日新聞「声」欄に、

9年前に51歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された

男性の「声」が掲載されていました。


以下、一部引用させていただきます。

“…認知症になると何もできなくなると思われがちですが、

決してそうではありません…

パソコンもタブレット端末も、携帯電話も使えます。

1年前からフェイスブックも始めました。

方向感覚を失い、新しい場所に1人で行くのは困難ですが、

同伴者が居ればコンサートも展覧会も楽しめます。

…確かにできないことが増えましたが、できることもまだまだたくさんあります。

…新しいことを覚えるのに人の何倍も時間がかかるけれど、

必ずできると信じれば、できるようになります。

適切な支援さえあれば、認知症になっても普通の生活が楽しめます。…”

                         (途中、以下略)


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朝日新聞 2014年7月11日 朝刊




認知症に関する報道や情報が急増する中で、
その病態と生活が“実感”としてはわからないため、
大変さ、悲惨さにばかりに注目しがちでした。
もちろん介護者にも本人にも想像を超える苦労、
苦労などという簡単な言葉で表現すべきでないことがあることは、
直接の、間接の機会にも伺ってきました。

しかし、ご本人からのこうした「声」を知ると、
知らない側の偏見で、
私たちが“認知症イコール…”と一括りにすることが、
認知症と向き合う1人1人の可能性を狭め、
潰しているのではないか…と気付かされます。

「残された可能性で新しいことに挑戦し続けたい」と結んでいるこの文章、
超高齢社会で認知症がますます増えることが予測されている日本に、
希望と明るさを与えてくれた気がします。

“適切な支援さえあれば”の“適切な支援”が何か、
その具体的な情報がもっともっと必要。
発信する側の切り口も変わっていかなければならないと感じています。


by mori-mado | 2014-07-15 11:25 | morimado的日常 | Comments(0)

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