PROFILE

宮沢和史

THE BOOMのボーカリスト。ソロ・アルバムはこれまでに4枚をリリース。海外でのリリース、ツアーも活発に行ない、一昨年にはヨーロッパ、昨年は南米ツアーを敢行。
ベストアルバムも昨年ブラジル、アルゼンチン、ヨーロッパでそれぞれ発売。「島唄」は国境を越え、今回のツアー先である東欧各国でも愛されている。

INFORMATION

★ライブ

【MIYAZAWA-SICK '05】
1月28日(金)
フランス・パリ 日本文化会館
1月29日(土)
フランス・パリ 日本文化会館
2月1日(火)
ブルガリア・ソフィア 国立文化宮殿
2月4日(金)
ポーランド・プシェミシル
プシェミシル市体育館
2月6日(日)
ポーランド・ヴロツワフ
IMPART HALL
2月9日(水)
ロシア・ モスクワ
ゴーリキ記念モスクワ・
アカデミック芸術劇場
2月10日(木)
ロシア・モスクワ クラブB2
2月12日(土)
イギリス・ロンドン
ICA Theatre "Future World Funk Night"
2月23日(水)
大阪・フェスティバルホール
2月25日(金)
東京・渋谷公会堂

大阪公演詳細

2月23日(水)大阪・フェスティバルホール
開場=18時15分/開演=19時
チケット=6,300円(全席指定・税込)
一般発売日=12月19日(日)
問=キョードー大阪
06-6233-8888(10時〜19時)

東京公演詳細

2月25日(金)東京・渋谷公会堂
開場=18時15分/開演=19時00分
チケット6,300円(全席指定・税込)
一般発売日=12月19日(日)
問=ディスクガレージ
03-5436-9600(平日12時〜19時)

【大阪・東京公演】

※6歳未満入場不可。※小・中・高校生のお客様は、割引いたし ます。チケットをご購入の上、当日入場時に身分証明書を提示してください。3,000 円をご返金いたします。
 
★リリース

宮沢和史作品
MIYAZAWA-SICK

『MIYAZAWA-SICK』
TOCT-24930
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SPIRITEK

『SPIRITEK』
TOCT-25275
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THE BOOM作品
百景

『百景』
TOCT-25378
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 16時。とうとう成田に到着。遂に帰ってきた。
 混雑する空港では、別れを惜しむ暇もなく、三々五々に解散。私と土屋玲子さん、このツアーでずっとお世話になった国際交流基金の桶田さんと共に、私の車で都内へ戻る。車の中ではずーっと「あんなこともあったね」「こんなこともあったね」とおしゃべりは止まらない。後ろ髪をひかれながら、2人を家まで送り届けて自宅へ戻る、つもりが、気が付いたら、家の近くにある、大好きなおそば屋さん「尾張屋」の前に立っていた。迷わず、夢にまで見た天そばを注文。

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 一人で天そばを食べてたら、涙が溢れて止まらなかった。そば屋のおばちゃんが心配そうに私を見てる。おいしかったのと、虚脱感で気持ちがいっぱいになる。

 私のヨーロッパツアーは終わりました。

 が!!

 まだまだこのツアーblogは続きますが、ひとまずヨーロッパツアー中、ずっと見ていてくださった皆さん本当にありがとうございました! 各国のインターネットの接続に悩まされたり、繋がるのに、ツアーの感動をうまく文章に出来ず何日もパソコンの前で悩んだり…。そんなレポートを根気強く待っていてくれたみなさんに本当に感謝しています。blogを見てくださっているみなさんと「繋がっているんだ」という気持ちが、遠くの国に居るさみしさを和らげてくれていました。

 今度は日本公演です!!
 ヨーロッパで鍛え上げた、このMIYAZAWA-SICKの奇蹟のライブの目撃者になってください!!

 さ! 明日からは東京で「コシカ」のレコーディングだ!早く寝なきゃ!(現在朝4時32分。まだ時差ボケ…)。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-17 16:51
 
 15時30分。ホテルのロビーを出発して一路空港へ…のハズが、来る予定のバスが来ない…。いくら待っても来ない…。

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 ポールさんがバス会社に電話をすると「近くまで行ったんだけどバスが故障したので、替わりのバスを向かわせてます」と。
 飛行機の出発は19時。楽器の通関のことを考えると一刻も早く出なくてはいけない。ハラハラしながら待つこと1時間。ようやくバスが到着!

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 焦っておたおたする私にスザーノが「アトモウチョットシタラ、クウコウ、デス!」と笑いかけてくれた。
 マルコス・スザーノやフェルナンド・モウラは、ツアー中いつも、テンパッている私に「リラックスネー」「OK! OK!」と肩をぽーんと叩いてくれていた。それでどれだけ私が救われたことか……。


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 空港に向かうバスの中は、やっぱりみんな黙っている。さみしい。

 20日間で5カ国8公演、しかも極寒のヨーロッパ。過酷なツアーを、愚痴ひとつこぼさず笑顔で乗り切ってくれたメンバーやスタッフ。体調を壊さないように全員が自己管理を怠らない、本当にみんなプロフェッショナルの塊でした。そんなメンバーやスタッフとの長い旅も一旦終わり。
 高野寛さんも「まだ、旅を続ける体力残ってるかもなぁ(笑)」と名残惜しそう。ゲンタさんは「東京と大阪やるぜ!!」と意気込んでくれている。


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 18時。なんとか通関も終え、イミグレーションへ。ポール夫妻が最後まで見送ってくれた。「今度はもっと大きな会場でやりましょうね!」と言い、堅い握手で別れた。

 19時。全日空202便に乗って成田へ。約12時間のフライト。機内でのことまったく覚えてません…。爆睡。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-17 16:49
 
 14時。本日の会場ICAへ向かう。会場はロンドンの超中心部、バッキンガム宮殿の真横にあって、ギャラリーやカフェ、ライブハウスなどの複合施設。

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 楽屋に入ろうとすると、見覚えのある顔が!
 フォトグラファーの中川正子さんが「このヨーロッパ・ツアーを見届けるべし!」と仕事の合間を縫って、ロンドンへ飛んできてくれたのです。もちろん、カメラも持参! 楽しみにしてます!

 スタッフが既にセッティングをしている会場内に入ると、そこは500人も入ればぎゅうぎゅうになる位のスペース。

 リハーサルの合間を縫って、フジテレビの深夜番組『UK JACK!』が取材に来る。ディレクター兼インタビュアーの佐藤さんが宮沢に「お久しぶりです」と話しかける。眼鏡をかけていなかったMIYAさんは一瞬「???」となるが、眼鏡をかけて「あ~~!」と驚く。なんと佐藤さんは宮沢が初めて出演した連続ドラマ『二千年の恋』のアシスタント・ディレクターだったのです。「転勤で半年前からロンドンに住んでいるんですが、こうやって宮沢さんとまた仕事が出来るなんてすごく嬉しいです」とおっしゃってくれました。宮沢もすごーく嬉しそうでした。3月12日の深夜にフジテレビで予定です。お楽しみに!


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 リハーサルも順調に進み、夕方、一旦ホテルへ戻る。楽屋が狭い為、ホテルでステージに向けての身支度を終えたメンバーと再びICAへ。入り口を見ると「MIYAZAWA SOLD OUT」の文字が。


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 そして22時30分。遂にヨーロッパ・ツアーのファイナル、ロンドン公演がスタートした。

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 客席は1曲目から会場をつんざく大歓声。日本人が7割以上、今回のヨーロッパツアーでは一番の日本人率かも(ちなみにポーランドのプシェミシルでは日本人のお客さんは6人だったそうです)。でも日本でのライブとも雰囲気が違う。うねるような盛り上がり。その盛り上がりに背を押されるように、ステージはどんどんヒート・アップしていく。日々進化していくこのバンド、間違いなく今日のステージはその最高峰のグルーヴ。ステージ上のメンバーみんな、音を出すのがうれしくてしょうがない、音楽を始めたばかりの少年・少女のような顔をしている。この時間が終わってほしくない! 客席に居る人もステージの上に居る人も、全員がそう思った瞬間だったと思います。

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 本編が終わると、足をドンドンと踏みならしてのアンコール!メンバー全員が出てきて演奏された曲は、
「My Heart, My Soul, My Fear」
「Save Yourself」。
 宮沢和史が初めてソロとして1997年、単身ここロンドンに渡りレコーディングした2曲をアンコールの曲として歌いきりました。

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 全員がステージに並びました。
 これ以上ない笑顔で全員が肩を組み合いました。

 ライブが終わり、ステージ裏ではみんなが抱き合い、喜びを分かち合っていた。

 急いで楽器を片づけ、メンバー、スタッフ関係なく、みんなでバスに機材を積み込みます。
 帰りのバスの中、楽屋ではあれだけわいわいとしていたメンバーやスタッフが、誰一人としてしゃべらない。オレンジ色に染まるロンドン市内の街を見つめながら思い思いの気持ちに浸っていた。宮沢がポロンポロンと弾くギターの音色だけがバスの中に響いていました。

 走るバスの中、宮沢の声が聞こえた。
「三好さんの為に歌おうかな」
 今回のヨーロッパ・ツアーの為に、寝る間もなく働き、成功へと導いてくれたプロデューサー、三好さん。彼が愛してやまない、ボブ・マーリィの「No Woman, No Cry」を宮沢が歌い始めた。
 メンバーも声を合わせて歌う。パーカッション代わりに椅子を叩く。
 私の隣に座っていた三好さんは、嗚咽をしながら男泣きをしていた。

 バスはポールさんの家に到着。今日はポールさん夫妻がリビングで打ち上げパーティーを企画してくれたのです。暖かい雰囲気の中で始まった打ち上げ。
 美味しそうなベトナム料理が並んでいる。
 宮沢の「これからもここに居る全員と一緒に夢を追って行きたい」という力強い言葉の後、手がちぎれる程の乾杯!!!!

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 乾杯の後「実はメンバーからスタッフに…」とスタッフひとりひとりの為に、ツアー中にメンバーが選んでくれていたプレゼントを手渡しされる。
 スタッフのみんな、本当に嬉しそう。
 MIYAZAWA-SICKのスタッフは、少数精鋭とはまさにこの人達のことを言う!という位に、少ない人数で最高の仕事をしてくれている。寝る間もなく、言葉もロクに通じない国で最高のステージを作ろうとしてくれている。そしていつも笑顔で。そんなスタッフへの感謝とリスペクトを込めて…。その光景を見ているだけで、ワタクシ号泣でした。そんな幸せな打ち上げは朝まで続きました。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-17 16:26
 
 モスクワを午前11時頃に出発して、アエロフロートで一路ロンドンへ。一睡もしないまま飛行機に乗った為、気絶したように眠る。約4時間のフライトが嘘のように、あっという間にロンドン・ヒースロー空港に到着。
 空港には今回のロンドンでのライブの主催者であり、昨年10月にヨーロッパでリリースした宮沢和史のベストアルバム『TOKYO STORY』のレーベルFar side Musicのポール・フィッシャーさんが迎えに来てくれていました。音楽ジャーナリストであり、DJでもあるポールさんは宮沢和史とも旧知の親友。ポールさんが日本に住んでいた頃は宮沢と一緒にラジオの番組を持ち、1997年のTHE BOOMのヨーロッパ・ツアーにも同行しています。

 空港を出ると小雨が降っていた。まさに霧のロンドン。でもモスクワから来ると、+6℃のロンドンは、まるで春のような気候(言い過ぎ?)。体の調子壊さなきゃいいけど。
 市内を一時間ほどバスで走って、ホテルへ到着。ポールさんのお家のすぐ近くのこじんまりとしたかわいいホテル。メンバーは荷物だけ置いて、早速散策へ出かける。ほんとにみんなアクティブだ!

 私とスタッフはポールさんの家でミーティング。ポールさんのお家は素敵なフラットで、憧れる! 日本人の奥様においしいほうじ茶を出してもらって、3人涙。「明日のチケット、すぐに売り切れちゃったよ! 2 Daysにすればよかったね(涙)」とポールさんの嬉しい悲鳴。明日を最高のヨーロッパ・ツアー・ファイナルになるようにポール夫妻もがんばってくれている。

 ポールさんの家を出て、ホテルへ戻る。久しぶりに、ゆっくりとひとりきりになれた。しみじみ明日がヨーロッパ・ツアーのファイナルなんだと思うと、寂しさもこみ上げてくる。でも感傷に浸っている暇はやっぱりないので、明日の予定表などを作り、メンバーの部屋へ配達する。ツアー中続けていた配達も今日が最後か…とまたもやセンチメンタルになる私。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-17 15:40
 
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 13時。ホテルのロビーに集合して、リハーサルのため会場へと向かう。今日の会場であるクラブB2は約500人収容の、音楽好きの若者が集まるクラブ。チケットは当日販売なので、どれくらいの人が集まるのかは、蓋を開けてみないとわからない。ただ、このロシアでの盛り上がりは尋常じゃない。

 18時過ぎ。リハーサルが終わり、本番の時間までいったんホテルに戻る。戻る途中に赤の広場へ立ち寄り、宮沢はメンバーへのプレゼントを買う。生まれて初めての赤の広場やクレムリン宮殿。ひとつひとつの規模が大きすぎて、目がくらむ。

 21時。ホテルのロビーで再集合して、会場へと戻る。到着すると、フロアは地元の若い人達でぎゅうぎゅう詰めの状態。チケットは完売したようだった(ほっ)。明らかに客層が昨日とは違う。狭い楽屋の中で、メンバーはそれぞれテンションを上げていく。

 22時。昨日に引き続いての共演、ナイト・スナイパーズのライブがスタートする。ボーカルのディアナがステージに立つと、行き来できない程にぎっしり集まった観客が大きな歓声を上げる。昨日とほぼ同じメニューでライブは進行していく。
 そしてラストの曲「コシカ」で宮沢が呼び込まれる。わずか2回目の共演なのに、2人は最高のテンションで歌う。ディアナは自分が着ていた白いシャツを宮沢に羽織らせ、自らは白いタンクトップ1枚になる。かっこいい。大歓声の中、2人の「コシカ」は終わった。

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 そしてスタッフが大急ぎでセットチェンジ。MIYAZAWA-SICKロシア最終公演、24時スタート。宮沢がステージに現れるやいなや、昨日と同じ街とは思えないほどの大歓声。今日は弾き語りはなし。バンドのたたみかけるような演奏で、アンテナの高いモスクワっ子を引きつけて離さない。

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 「Симаута(島唄)」でディアナを呼び込むと、歓声はさらに大きくなる。観客の人数は昨日の三分の一だけれど、「Симаута(島唄)」を歌う大合唱は昨日よりも大きい。狭い狭いステージだったけれど、メンバーは精一杯のパフォーマンスをしてくれた。

 アンコールを求める声もまるで地響きのよう。それに応えて、メンバー、そしてディアナ、さらにナイト・スナイパーズのギタリスト・イヴァンが登場。再び「Симаута(島唄)」を歌う。昨日のライブで高野さんと意気投合したイヴァン。間奏のギターソロで高野さんとギターバトル! 会場も更にテンションが上がって、最高潮の中、ライブは終わった。

 終演後、私は大急ぎでCD販売ブースへ。CDの価格は500ルーブル(約2000円)。モスクワ市民の平均月収は約13000ルーブル(約51000円)なので、決して安い金額ではありません。それでも、大勢の人が買っていってくれました。大声を張り上げて売っていると、モスクワ公演を手伝ってくれていた、地元の日本人学生の女の子が「ライブ、チョーーーー最高でした!! 私もCD買う! でもってお手伝いします!」と言って、ものすごい早口のロシア語で、現地の人に「今日のライブのプログラムが入った、最高にカッコイイCDだよ! 買って!」と呼び込んでくれました。私たちはこうやって各国で色んな人に助けてもらいながら、遂にモスクワまで辿り付けたのです。

 CDの販売を終えて、楽屋に戻ると、みんなビールで乾杯していた。特にこのツアーを主催する国際交流基金の桶田さんが最高にいい表情をしている。私はツアー中、どれだけ桶田さんに助けられたことか。厳しさと、バンドに対する愛情を併せ持った、本当に尊敬できる人です。彼女は「終わりたくない~~!!」とビール片手に叫んでいました。

 午前3時30分。ようやく会場を出て、ホテルへ戻る。そして午前7時にホテルをチェックアウト、モスクワ・シェレメチボ空港へ。ホテルの外は-18度。モスクワ滞在中で一番の寒さでした。空港へのバスの中ではみんな泥のように眠っていました。
 午前8時、空港に到着。チェックインまで少し時間がかかるとのことなので、30分ほど自由時間に。楽器の周りで、スタッフが朝日を浴びながらサンドイッチをほおばっている。それを見つめていたら、なんだか今までのこと全てが夢みたいに感じた――と思ってたら、ほんとに私は地べたに座って眠りこけていたらしく、はっと目が覚めたら、私の周りをぐるりとメンバー・スタッフが囲んで写真を撮っていました……。

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 やっとチェックインの手続きが始まるも、相変わらず時間がかかる。全ての手続きが終わって、外を見ると、今回のツアーで全力を尽くしてくれた、通訳のカーチャさんや現地でコーディネートをしてくれたスタッフ、日本大使館のみなさんが、私達が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。今回のツアー、何度も経験した空港でのお別れ。出逢っては別れの連続。「また絶対に会いたい」その気持ちが、次へ繋げていく原動力になると思った瞬間でした。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-16 17:26
 
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 12時。ホテルを出発して今日の会場、ゴーリキ記念モスクワ芸術劇場へ出発する。今やモスクワ名物となっている噂の交通渋滞の洗礼に合う。もうぜんぜん進まない。進まない車の横を、SHIMA UTAの巨大ビルボードと遭遇。車を降りて記念撮影。すごい迫力。


難関、ロシア語特訓中
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 50分くらいかけて、ようやっと会場へ到着。楽屋は日本からの報道陣でごった返している。
 1時間以上遅れてリハーサルがスタート。本当に大きな会場。この会場がお客さんが満杯に入っているなんて、まだ想像できないでいる私。開場時間になって(当然、予定より遅れている)、メンバーも徐々に支度を始める。宮沢は各会場恒例となった、現地の言葉でのMCの練習。通訳のカーチャさんに特訓してもらう。「これで通じるかな?」と心配する宮沢を、カーチャさんは「大丈夫。ちゃんと通じますよ」と流ちょうな日本語で励ましてくれる。

 遂にディアナ・アルベニナのバンド、ナイト・スナイパーズのライブがスタートする。初めて観るナイト・スナイパーズのライブ。日本中どこを見回しても、こんなに全身全霊で感情をぶつけて歌っている女性シンガーはいないと思う。すごくカッコイイ! 客席に行くと、中学生くらいの女の子の集団がお揃いの自作とおぼしき「ナイト・スナイパーズTシャツ」で盛り上がっている。
 最後の歌「コシカ」で宮沢が呼び込まれる。日本語とロシア語で掛け合いながら歌う。2人の雰囲気が似ていることは、出逢ったその日から思っていたけど、こうやって並んで歌うと、本当に似ている。容姿が、ではなく、歌に掛ける姿勢。矛盾がない、嘘がない、全身全霊。長年連れ添ったデュオみたいな感じだった。客席からも大歓声が上がっていた。


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 ナイト・スナイパーズのステージが終わって、遂に宮沢和史の出番。予定より50分以上も遅れてのスタート。
 反応が気になって客席を観に行くと、真ん中から後ろの席の人達は、身を乗り出しながらも立とうとはせずライブを観ている。真ん中から前の席の人達は、ちょっと斜に構えてライブを観ている感じがする。戸惑う。ステージのメンバーもなんとかお客さん達のテンションを上げようと、一所懸命になっているように見えた。
 その一方、宮沢の弾き語りコーナーになると、携帯電話をペンライトに見立てて、会場中がプラネタリウムのようになる。歌い終わると、大歓声。
 他の国とは明らかに反応する場所が違う。

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 そして「島唄」。宮沢がロシア語でMCを始めると、みんな大きく反応をした。「島唄」と漢字でプリントされた白い紙を頭の上に掲げる人がたくさんいる。一緒に歌っている人もたくさんいたし、盛り上がっていた。
 しかし、「島唄」が終わると「この曲が聴けたからOK!」と言わんばかりに、5分の1くらいの人が席を立ち始めた。開演時間が遅れていたので、「途中で帰ってしまう人がいるかも」と現地のプロモーターの人が言っていたのを思い出した。この時、既に22時近く。
 落胆しかけていると、状況は変わってきた。
 残っている人達は明らかに「島唄」以降、テンションが上がってきた。立ち上がる人もたくさん出てきた! 「ひとつしかない地球」をディアナが美しい日本語で歌い、そしてアンコール
でもう一度「島唄」を、今度はディアナとデュエットする。会場の後ろ半分は総立ちに!

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 後で聞いたところによると、客席ごとに値段が違っていて、前方の席になると日本円で約2万円、最後方の席は約2000円のチケット代金だったそうです。ただ、ロシアの物価は日本よりまだだいぶ安いので、それ以上の価値があるようです。そのため、前方の席に座っていたのは、いわゆる「セレブ」の人達だったらしい。由緒正しいこの劇場でコンサートを行なうというのは、こういう弊害も出てくるのか……とひとつ学んだ気がします。
 でも、手強いロシアへの第一歩を、私は確実に踏み込めたと思いました。
 24時、会場を出て宮沢はレセプション会場へ。私はメンバーとともに、日本食レストラン「一番星」に向かう。今回のツアーで初の日本食レストラン。夢にまで見た「やきそば」「やきとり」「お寿司」「みそ汁」……。
 結局ホテルに帰ったのは夜中2時。今日もお疲れ様でした。 明日はライブハウスでのスタンディング・ライブです!
by miyazawa-sick05 | 2005-02-14 10:09
 
レコーディングスタジオにて
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 11時にレコーディングスタジオへ向けて出発。明日のライブで共演するロシアのロックバンド・Night Snipersとのリハーサルと、新曲「ひとつしかない地球」のレコーディングを行なうためです。Night Snipersの中心人物、Diana Arbeninaは昨年10月に来日し、宮沢のステージを実際に観て、対面もしています。昨年12月に宮沢が初めてモスクワを訪れた際には、彼らの「コシカ(猫)」という曲を宮沢が歌い、レコーディングしました。スタジオにはすでにテレビ局が2局来ていて、リハーサル中もレコーディング中もカメラが回っているという状況でした。

 Night Snipersが演奏する「コシカ」に合わせて、宮沢とNight Snipersのボーカリスト、Diana Arbeninaが歌う。重厚なロックサウンド。かっこいい! 3回ほど合わせ、お互いに親指を立てて「OK!」の合図。宮沢は「このバンドは本当にいいバンドだ」と言っていました。
 リハーサルを終え、テレビ局のインタビューを済ませ、「ひとつしかない地球」のレコーディングへ。これまで各国でゲストの歌をレコーディングしてきたこの曲、今日はDianaの歌が新たに入ります。Dianaの素晴らしい日本語と、彼女がロシア語に訳した美しい詞はこの曲をさらに大きなものへと膨らませてくれる。歌入れもすぐにOKテイクが出ました。宮沢は「俺たちの旅が、この歌そのものだね」と。


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 レコーディングスタジオを出て、明後日のライブ会場でもあるクラブB2で行なわれる記者会見へ。なんと40社以上、80名近くの記者が集まっていました。ロシアだけでなく日本からも新聞社・テレビ局などが来ています。
 まずロシアの記者に向けての宮沢とDianaとの共同会見。そこでは、宮沢に「ディアナとの出逢いについて」「ロシアのロックについてどう思うか?」などの質問が。それに対して宮沢は「人と約束できるようなロックがロシアにあるんじゃないか、と想像していましたが、彼女との出逢いでそれを確信しました」と答えていました。北方領土についての質問には「日本の国土は非常に狭いし、そこにたくさんの人が住んでいます。東京の人口密度はこの会場ぐらい高いと思います。ください(笑)。でも冗談抜きに、お互いの国でなにかを一緒にするスペースにならないかな、と思います。(東京から)モスクワは遠い街ですが、ロシアという国は日本から非常に近い隣の国ですし、なにかを一緒にやることができる架け橋の島になるといいんじゃないかと思っています。例えばロックフェスティバルをやるとかね」と答えたのがこの日一日で最も印象的な出来事でした。ディアナもその質問に対して答えていたのですが、ロシア語だったので解らず…。ごめんなさい。

 続いて日本のメディアによる合同インタビュー。どのメディアも「本当にすごいことになっていますよ!」と興奮している様子で、中でもフジテレビの特派員の方は「t.A.T.u.も含めて暗い話題しか日本に提供できなかったこの国ですが、今回のニュースは本当に画期的です。ライブの翌日に日本に配信することが決定しました!」と意気込んでくれていました。ライブ翌日の「スーパーニュース」や「とくダネ!」、「めざましテレビ」等で流れる可能性があるそうなので、みなさんもお楽しみに!


街中にはライブを告知するアドボードが立っています
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 とても有意義だった会見の後は、日本大使公邸での夕食に招待されました。荘厳な建物の中でなつかしい日本食をいただく。公邸では野村駐ロシア大使夫妻があたたかく出迎えてくれました。野村大使は沖縄サミットの時に沖縄大使を務めていらっしゃったそうで、食事の席は沖縄の話で盛り上がりました。
 そして久々に頂く日本食。ほんとーに幸せでした。帰り際に大使夫人は「宮沢さんって素敵な人ね」と言ってくれました。私も「ええ、そうなんです! 否定しません(笑)」と言っちゃいました。ともあれ、あー緊張した!
by miyazawa-sick05 | 2005-02-09 22:50
 
 ブロツワフのホテルを10時に出発。外は-10度の世界。寒いけど天気が良いので、本当に気持ちが良い朝。凍える手をこすりながら、荷物をバスに運んでいく。ブロツワフの街を流れるオドラ川は凍っていました。この美しい街ともしばらくお別れ。でも必ずまた来るぞ!


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 ブロツワフ空港からポーランドの首都ワルシャワへ。ワルシャワではトランジットのため約4時間の待機。その時間を利用して、宮沢とエアポートホテルへ。なんと、2003年のワルシャワでのライブを観に来てくれた日本人学校の生徒さんたちが「ぜひ歌を披露したい」ということで、わざわざホテルまで来てくれたのでした。見覚えのある顔の子供たちだけど、この2年の間で背も伸びて大きくなっている。子供たちは「風になりたい」を合唱してくれました。とっても美しいハーモニー。歌い終わったあとで、「今度はぜひワルシャワでライブをやってくださいね」と言われ、あぁ、365日じゃ足りない――とまたしても思いました。

 そしてついに飛行機はモスクワへ。覚悟してきた寒さも、ブロツワフよりも厳しくない感じ。気温を聞くと-7度。かなりびびって来ていた一行は少し拍子抜け。ま、ここで油断しちゃいけないんですけどね……。

 バスに乗り、想像以上にネオンが明るく光るモスクワ市街を抜けて、ホテルに到着。見かけは重厚な感じだけど、使い勝手はあまり良くなさそう……。荷物を置いて、夕食へ。乗り込んだバスの中で、またもやサプライズが! なんと今日はベースのtatsuさんの誕生日だったのです! バスの中で「Happy Birthday Dear tatsu!」が響き渡る。バスを降りたtatsuさんは「モスクワで誕生日をみんなに祝ってもらうなんて、きっと一生忘れないな」とつぶやいてました。私も一生忘れません!
※この日、ヴロツワフ空港で行なわれたtatsuさんへのインタビューをこちらでご覧になれます。

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by miyazawa-sick05 | 2005-02-09 22:45
 
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 午前11時、宮沢和史はトメック・マコビェツキと共に、新曲「ひとつしかない地球」をヴロツワフ郊外のスタジオまでレコーディングに出かける。私はメンバーと共に会場に入るため、別行動です。
※レコーディング・スタジオでのインタビューはこちらです。

 私はバンドメンバーと共に会場であるIMPART HALLへ。ここヴロツワフでは、2003年、ポーランドで初めてライブをするきっかけを作ってくれた八島さんが、この日のために3ヶ月も前からヴロツワフに移り住んでプロモーションをがんばって進めてくれました。さらにこの町に住む日本人や日本語を勉強しているポーランド人など、たくさんの人達がこの日のライブを手伝ってくれています。


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 開演。メンバーがステージに上がった瞬間から、すごい歓声が上がりました。すごいうねり。客席で聞く音も、明らかにこれまでの4会場の中で一番気持ちいい。さらに今日はプシェミシルから合流した照明スタッフ、清水淳さんの照明も思う存分堪能できてる。曲が進むに連れて、歓声はどんどん大きくなってくる。宮沢が「ドブリベーチェ!(ありがとう) プシェミシルから10時間かけてやってきました!」と言うと、「うぉ~~!!」という大歓声が。アウシュヴィッツに行ったことも話すと、再び大きな拍手が起こりました。

 そして「島唄」。想像以上の大合唱。もう、ここがヨーロッパ、ポーランドの西の果てのヴロツワフという街であることをすっかり忘れてしまいそうになる。夢にまで見た光景。盛り上がる観客との相乗効果でバンドもどんどんいい演奏になっていく。


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 怒濤のアンコール。「シマウタ! シマウタ!」のコール。トメックを呼び込んでレコーディングしたばかりの「ひとつしかない地球」を歌う。ぴったり息が合っている。プシェミシルでのライブ、10時間の旅、そしてレコーディングを通じて、完全にトメックの中に歌が入り込んだようだった。
 そして最後にもう一度「島唄」。客席は絶叫に近い歓声を上げていた。二階席の人達も全員身を乗り出して歌っている。最後は会場中700人が渦になっての大合唱! IMPART HALLの館長さんは淳さんに抱きついている(笑)。八島さんは、お客さんに混じって大声で歌っている。笑顔。
 帰りのバスの中で、あまりに嬉しくて泣いていたら、「泣くのはまだ早いよ」とスタッフに言われ、はっとした。でも涙が止まらなかった。

 ライブが終わって、全員でポーランド料理のお店で打ち上げ。八島さん、日本大使館の石原さんという、2003年に引き続いてポーランドでの道を創ってくれた2人はもちろん、プシェミシルからここまで同行してくれたIGAさん、そしてヴロツワフでの公演を導いてくれた、露草家族も来てくれました。露草夫妻は「ヴロツワフで宮沢さんのライブを観たい人はもっと居るはずです。今度はもっと大きなところでライブをやりましょう。その時にはぜひ協力させてください」と力強い言葉をくださいました。
 こうやって沢山の人がこのライブの成功を支えてくれました。こんな町が、ポーランドだけじゃなくて、あっちこっちで出来ようとしています。あぁ、1年が365日というは宮沢にとってはなんてむごいことなんだろう!
 みんな、名残惜しそうに、いろんな人達と話をしていました。トメックは、もう弟のように「MIYA! MIYA! 僕の部屋でまだ飲もうよ!」と部屋飲みに誘っていました(笑)。
by miyazawa-sick05 | 2005-02-09 22:14
 
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 朝、今日はヴロツワフまで10時間のバスの旅。覚悟をしてホテルの外に出ると、信じられない光景が。雪があまりの寒さに氷の結晶となって、朝日にキラキラと光っている。どうやらこれが「ダイヤモンドダスト」らしい。黒いダウンジャケットにくっついた雪は、肉眼で「雪印」のマークそのものに見える。本当に美しい光景で、みんな眠い目をこすりながらも見とれていた。バスはひたすら西へ向かう。


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 午後2時、今回のポーランド・ツアーで宮沢がどうしても立ち寄りたいと言っていた場所、アウシュヴィッツ強制収容所に到着した。そこにはアウシュヴィッツでただひとりの日本人ガイド、中谷さんが待っていてくれた。抜けるような青い空の下、雪に覆われたアウシュヴィッツ。そこは想像以上に「なにもなかった」。そのまま収容所の中に展示された、ひたすら「髪の毛」だけのブース。ひたすら「子供の靴」だけのブース。ひたすら「こわれたメガネ」だけのブース。特にかかとがすり減った子供や大人の靴は、その人達が生きていた証が伝わってくる。胸が苦しいっていうよりは、吐き気がしてきた。
 中谷さんの説明は「こんなひどいことがあった、ひどい時代でした」というようなものではなく、事実をシンプルに説明しながらも常に私達の心の中に問いかけをしてくる、今までに出逢ったことのないガイドでした。1時間という短い時間だったけど、本当に行ってよかったと思いました。
 中谷さんは最後にこっそりと「実はこれから車を5時間走らせて、家族全員でヴロツワフまでライブを観に行きます。今日は宮沢さんにアウシュヴィッツを観てもらえて、本当によかった」と言ってくれました。宮沢はこの夜、ヴロツワフに到着後、すぐに部屋で原稿を書いていました。その原稿は今月22日発売の『小説新潮』の連載「言の葉摘み」に掲載されます。

 一緒にバス移動しているトメックは、既にMIYAZAWA旅団の一員のように、マルコス・スザーノやtatsuさん達とトイレ休憩のドライブインでわいわいしている。そんなトメックを、こそこそと「あ!トメックよ!」と言って偶然出くわした子供達が指さしている。ポーランドでアイドル的人気があるシンガーだっていうことを既に忘れそうになるくらい、トメックは私たちにとけ込んでいます。

 19時。ようやくヴロツワフに到着。気温は寒いけど、雪は無い。ホテルにチェックインして、今日はベトナム系の中華レストランへ! ヴロツワフには1年半前のワルシャワでのライブに尽力してくれた八島さんを始め(ポーランドで「島唄」が広まったのは、彼が赴任先のポーランドの高校で「島唄」を歌ったことがきっかけなのです。そして今回、八島さんは昨年11月からヴロツワフにに住み、フライヤを作ったり、ラジオやテレビに自らが出演したりしてプロモーションしてくれています)、多くの日本人が私たちのライブをサポートしてくれています。今夜のレストランを探してくれたのも、その中のひとり、というか一家族、露草さんファミリー。人々の親切や、久々のアジア料理に感動。でも、「原稿書かなきゃ」とホテルに籠もっている宮沢のことを考えると申し訳ない気持ちもいっぱい……。
 前日のプシェミシルでのライブ写真が、プシェミシル市のホームページに掲載されています!
by miyazawa-sick05 | 2005-02-09 20:48
 
 

 
 

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