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突然ですが、愛用Macの外付HDがとんでしまいました。認識されなくなってしまったのです(泣)。

現象としては、立ち上がり画面にいつもなら出てくる外付HDのドライバアイコンが出なくなり、Mac本体HDの「ドライバ設定」で調べてみると、今まで記録されていたHDが「未サポート」となっております。

これにより、HDに入っていたデジカメ写真も一気にぶっ飛んでしまったので、今回「今日のカメ」に掲載できなくなってしまいました。

・・・とほほ。
コンピュータって便利ですが、サヨナラするのは一瞬です。
あぁ、あんなに長い付き合いだったのに・・・。
さようなら、HD。そして、ありがとう・・・。



さてさて、ICU完結編。

■「森の中のカフェテリア」

SPA!にうちの学食の写真も掲載されていた。
同時に「まるでペンション」と書かれていた。

確かに、ペンションに見えるかもしれない。
もっと言うと、スキー場とかにある大型山小屋食堂風である。
外観からしてスキー山小屋系なのだが、中の雰囲気も山小屋だ。特に冬なんて、雪が降ったり、タートルセーターを着た生徒がチラホラいたりで、まさにスキー場である。
木造で、天井が高くて、割と広い。中央正面にビュッフェ形式で、トレイを持って好きなメニューを選び、レジまでそれを持っていって、精算。ざっとこんな感じである。

学食といっても、ちょっとしたプライドのある学食であった。
ちゃんとシェフっぽい人が料理をしていて、学食のおばさん方で毎月メニュー更新のための試食会をしたり、結婚式の2次会の案内パンフレットまで置いてあった。

かなり味と雰囲気に自信があるらしい。
パンフレットには堂々と「森の中のカフェテリア」と自らを称している。カフェテリアかどうかは分からないが、森の中には間違いないし、「学食」よりは聞こえはいい。
SPA!では「暖炉はないが・・」と書いてあったが、確か使ってない暖炉はあったような・・・気のせいかな。

メニューも「~のミラノ風」とか、やたら凝った名前のモノが多かった記憶がある。
さて、実際のお味だが、学食にしては美味しい部類だったように思う。ICUの周りにメシ屋がないこともあるが、ほぼ毎日学食は利用していた気がする。夕食もメニューが変わるので、寮生にまじって夜に利用したこともしばしばあった。

いつか、本当に万が一、ICUに行くようなことがあったら、豆腐ハンバーグ(?)なるものをお試しいただきたい。サカナのすり身と豆腐で出来たハンバーグに野菜のあんかけがされているもので、割とよく食べて、美味しかった。あと、チキンカツのミラノ風(?)とか、名前は忘れてしまったが、チーズが挟んであるチキンカツの上にトマトソースがのっているランチもよく食べた。
ちなみにライスは、通常白米と麦ごはんの2種類が選べる。健康的な麦がグッド。

一番の学食の思ひ出は、「野菜カレー」である。
通常の野菜カレーとはひと味違い、ニンジン、ジャガイモ、タマネギ、そして、大根が入っていた。ただでさえドロドロしているのに、大根効果でより水っぽく。そんなカレーもまた一興。

■森の中の郵便局

ICUは、「森の中の・・」が好きなのだが、郵便局もまたICUの森の中にあった。
ここのウリ、この郵便局から出すと、消印に「ICU」と入ることである。森の記念にぜひ。

この郵便局が入っていた場所は、ディッフェンドル記念館、通称「D館」と呼ばれていた主に文化系サークルの巣窟で、郵便局の他、CNN放送が常に流れているアメリカンなテレビや、各種ICUグッズが手に入る売店などがあった。ここの売店でお菓子を買って、バカ山で寝ころんで食べる、そして寝過ごして、授業に遅刻・・・がよくあるパターンであった。

■4月入学最初の授業で・・・

ICUに入って一番ビックリしたことが、コレであった。

英語のことが気にかかり、とにかく緊張して臨んだ最初の授業。教室のドアを開けた 向こうに見たモノは、「仮装パーティー」だった。

「ドラゴンボール」の孫悟空の格好をしている女の子、女装をして教室の後ろに陣取っている男子2人組、逆に男装をしている女の子、缶ビールをかたどった段ボールを来ている男子・・・とにかく驚いた。そして、若干恐かった。帰ろうかと思ったし、これがアメリカンか???とカルチャーショックまで覚えた。

実は違う。
これはICU恒例の新入寮生によるイベントで、寮生に聞いた話によると、構内に寮があり、生活が完結してしまうICUで、寮生と一般通学生がだんだんとコミュニケーション希薄になるのを防ぐという名目で、新入寮生は新学期始まって2週間ほどはどこに行くにもその格好で暮らさなければならないというお達しがくるらしい。

驚きを隠せないまま、一番近くに座っていた悟空さんに、「・・・あの、どうしてそんなもの着てるんですか?」と尋ねたのがきっかけで、その友達とはずっと仲良しとなった。確かに、言ってみれば、この仮装行列のお陰で、友達になれたというわけだ。

たまたまうちのクラスは寮生が多いクラスで、にぎやかであった。私のココロをくすぐったソレのお陰で、それ以降寮生の友達が急速に増えていった。
ちなみに寮ごとに毎年テーマがあり、悟空さんの寮はアニメのキャラクターだったらしい。確か、その他オバQとかアラレちゃんとかもいた。色んなモノと廊下ですれ違った。

教授達も恒例行事になんの躊躇もなく、そのまま授業に突入してしまう様がまた奇妙でもあった。慣れは恐ろしい。4年間で、結局計4回そんな行事を見たことになるが、だんだん普通に見えてきてしまう自分がコワイ。

フィナーレは2~3週間後の昼休みに、バカ山を舞台に全入寮生のお披露目会が盛大に行われ、大勢の見物学生の拍手喝采で幕を閉じるのである。

■卒業

さて、入学話をして、もういきなり卒業話なのだが、ICUの卒業式は帽子にマント、ケンブリッジ大学とかの映像で見かけるアレである。

卒業式で初めてICU校歌の歌詞を知った。英語だったので、歌うのはやめた。
最後の帽子投げは、ちょっと憧れだったので、嬉しかった。それが、終了したあたりで、「今起きました。」風の卒業生(寮生)に会い、驚いた。本当に今起きたらしかった。

そんな強者どもが夢の後・・・ではないが、卒業後の皆様は、実に面白い進路をたどっている人が多い。

スチュワーデスがいたり、アナウンサーがいたり、5年生(ゴニヤ)がいたり、海外青年協力隊に行ったり、東大に入ってみたり、はたまたゲーム業界に飛び込んでみたり(笑)・・・みんな様々であるが、気のせいかみんな楽観的というか楽しそうな気がする。堂々としているというか。

ICUにいる間、学業以外でも学べたことが多かったように思う。それが合っているか間違っているかは別として、とにかく進む。楽しく生きる。

授業は大変だったし、色々あったICU生活だったが、ICUに行って本当に良かったと思っている。
月並みのことを言うようだが、それほど多くのことを学ばせてもらったし、他大学では味わえない「超・異空間」で4年間過ごせたことを嬉しく思う。

そして、4年間も医学部並みに高い授業料を私にかけてくれた母に心から感謝する。

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今日のカメ・・・・は、一身上の都合によりお休みです(泣)。
by meshi-quest | 2001-09-19 15:17
前回コラムでご紹介した母校の集中治療室・・・ではなく、キリ大の話の続きを。


ICUは、東京都三鷹市の森の中にある。ウソではない。本当に森の中にあるのだ。元ゴルフ場で、敷地の半分は「野川公園」として東京都に寄付をした・・・と在学中に聞いた。

仮に半分寄付していたとしても、敷地はすごく広い。鬱蒼とした広い広い敷地の中に、校舎、図書館、学食はもちろんのこと、その他にも国際基督教大学付属高校、教会、考古学博物館、茶室、竹林、数面のテニスコート、広いグラウンド、教授達の家、3つの男子寮と4つの女子寮などなど盛りだくさんであった。

授業帰りに、今起きてきたかのような寮生とすれ違うこともしょっちゅう。どこかの外人の先生のお子様だろうか、小さな金髪の子供が敷地を掛けっている姿もしばしば。学業施設と居住空間が同居している学校だった。

余談だが、この付属高校からエスカレートで大学に入った生徒を、ICU生は「ハイ上がり」と呼ぶ。「ハイスクールから上がってきた」からである。

こんな「ICU用語」がいっぱいある。ICUには「一般教養学部」しかなく、その先が枝毛のように教育学科、言語学科、社会科学学科などと分かれているのだが、教育学科は通称「エデュケ」、言語学科は通称「ランゲ」と呼ぶ。それぞれ、教育の「Education」、言語の「Lauguage」からきている。

「どこ?(どこの学科?)」と聞かれて、「教育学科です。」と答えてしまうと、フレマン(1年生の意の「Fresh man」)かICU初心者と思われる。そこは堂々と「エデュケ」と答えるのが通である。

他にも、4年生を「シニア」と呼ぶのだが、居心地良すぎて自主的な意向による留年生が多いICUでは、5年生、6年生はざらであり、4年生「シニア」からもじって、5年生を「ゴニヤ」、6年生を「ムリヤ」とか言っていた。

「週刊SPA!」では、「何もかもがアメリカです」と書かれていたが、確かに要所要所にアメリカンな感じはあるかもしれぬ。在学中はほとんど気にしてなかったが。

ちなみに在学中に2回、野タヌキを見た。マジ話である。1回目は茶室の裏で、2回目は高校の前であった。猫ではない。カオも、しっぽも、マジでタヌキである。そんな学校だった。


「週刊SPA!」の方はバスで行かれたらしいが、通学生の多くは中央線「武蔵境」の駅前自転車置き場にマイ・チャリを置いて、通学している。私もそうだった。バスはなかなか来ない上に、時間も金もかかる。自転車だと猛ダッシュで10分くらいだ。

ICUで生きていくために不可欠なものを「英語」以外にもう1つと言われたら、やっぱこの「自転車」だろう。自転車の存在は大きい。広い敷地を旅するには自転車が必要不可欠である。

ICUへ行ったことがある方はご存じかもしれないが、正門をくぐって、本校舎に着くまで歩いてゆうに15分はある。正門から遠くに見える教会までまっすぐに延びている直線道路は、俗に「滑走路」と呼ばれているほどである。事実、本当に滑走ができてしまうほど距離がある。

SPA!を読むと、「『国際基督教大学行き』のバスに乗り遅れて、『狛江営業所行き』の富士重工前で降りた」と書かれている。きっとスゴイ距離を歩かれたことと思う(笑)。

解説すると、ICUの正門を前にして左に富士重工がある。広い敷地同士のご近所さんである。キリ大行きのバスはちょっと本数が少ない。特に、朝と夕の通学ラッシュ時以外の普通の時間帯は、1時間に数本である。

キリ大行きバスに運良く乗れると、正門を入って滑走路の約半分までバスが乗り入れてくれる特典がある。しかし、運悪く乗り遅れると、この狛江行きというバスに乗って、お隣さんの富士重工前で降りて、滑走路を「滑走」ではなく徒歩で延々歩くこととなる。

ICUでは、そう言った意味では遅刻のあきらめがつきやすい。滑走路を目の前にして、どうがんばってダッシュしても間に合うわけがない。息が続かない。そんなマラソンできる肺もない。なので、自転車がなければ、ココロ穏やかに滑走路を優雅に歩き、遅刻を認めるしかないのである。

体育の授業があるときも非常に自転車の存在は大きい。本校舎から体育館までこれまた歩いて10分弱くらいある。2時間目と3時間目の短い休み時間で、「移動」および「衣装替え」もしなければならないのだから、体育がある日は自転車に乗らないと間に合わない。

終了のチャイムとともに校舎横の自転車置き場にダッシュし、自転車に乗り換えて体育館まで行き、そこで自転車を乗り捨てて、ダッシュで更衣室に入り、衣装替えをして、先生のいる部屋「ゴール」を目指す。まさに、トライアスロンである。


さて、もう1つ、土地的なICUの特徴として、「バカ山」の存在があげられる。ICUを語る上で、「バカ山」なくしては語れない。それほど、学生と近い存在の場所であった。

では、「バカ山」とは何か?

本校舎の目の前は一面に広がる芝生で、そこに2つの山がある。「山」と言っても、山ではなく、実際は「丘」程度のものである。

校舎を正面にして左手を「バカ山」、右手を「アホ山」と呼び、学生たちが芝生に寝ころんで本を読んだり、勉強したり、友達と話をしたり、お弁当を食べたり、それがICUのいつもの風景である。思えば、ちょっとアメリカンかもしれない。

名の由来は、「その山付近で学生がバカのようにダラダラしている様」から取ったと在学中に誰かから聞いたが、真偽のほどは定かではない。

が、「バカ山」という名がピッタリなほどみんなそこでダラダラしている。

芝生には、直に座ったり、寝ころんだりする。森の中にあるだけあって、芝の手入れは丹念にされており、寝心地が良い。そんな大学なので、構内でヒールにミニスカートにシャネルのような「お姉さま」風女子はほとんどお目にかからない。基本はみんなバカ山で寝れるように、ジーンズ。セーターとかに芝が付いても、気にしない。そんな感じであった。

私は、基本的にアホ山よりバカ山の方によくいた。別に理由はなかったのだが、今思うと、気が付いたらバカ山だった気がする。

近所でもバカ山の存在は有名で、近くのドミノピザに注文するときも「ICUのバカ山に・・」で通用する。何度か友達と注文をして、芝生でゴロゴロして、ピザ食いながら、宿題をやっていた。

バカ山の思い出として、バカ山でクラスみんなで集まって飲み会をやったこと。夕方スタートで、近所の酒屋やコンビニから酒と食料を調達してきて、ギター弾いている人がいたり、芝生の上で宴会。気が付いたら、全然違うクラスの校内に住んでいる寮生もまじって、大人数で宴会。

夜が更けて、さすが森だけあって、上は満天の星空。若干寒さを感じ、気が付けば終電がない時間で、寮生に頼んで毛布を持ってきてもらい、芝生の上で数人で寝た。

そんなこともあったなぁ・・・。思えば、あれが我が人生初めての「野宿」であった。さすがに、親には「芝生の上で野宿です」とは言えないので、「友達の家に」とは言ったが。



こんな大学時代でございました。

つづく。




今日のネバネバメロンなカメ。

●もらっちゃった!

成沢家にメロンがやってまいりました。北海道のお土産です。えへ。

●メロンと私

記念撮影です。はしゃぎすぎ。人生の大事なことは写真を撮るか、メモるかしないといけません。なんせ、思ひ出ですからね。

●ネバー

納豆はお好きですか?納豆食べてますか?

納豆が好きな一家だったので、よく食卓に出てきました。クサイのに愛されるなんて、コイツとくさやくらいなもんですね。良質たんぱく質ですので、健康にもお肌にもいいですよ。

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by meshi-quest | 2001-09-18 18:37
10/17号「週刊SPA!」にて、我が母校が紹介されていた。
「学食巡礼」という企画ページだ。
既にSPA!をご覧になった方は、ぜひ合わせて読んでいただきたい。


以前から「週刊SPA!」を愛読をさせていただいており、この企画ページを見るたびに、いつうちの大学が紹介されるのかと、今や遅しと待っていた。

ついに、その時が来た。
「第43回 国際基督教大学の巻」・・・43回目にして、やっとその順番が回ってきたのである。


懐かしい。
思えば、卒業してからほとんど行っていない。
ページにあった懐かしい学食の写真を見ていたら、行きたくなった。近々、時間を見つけて遊びに行こうと思う。


通称「ICU」。
正式名称は「国際基督教大学」という。
「アイ・シー・ユー」とは、「International (国際) Cristian(キリスト教)University(大学)」の頭文字である。ICU付近のご近所さん達は、「ICU」より「キリ大」と呼ぶ傾向が強い。

悲しいことだが、「ICU」と言えば、「国際基督教大学」より「集中治療室」の名の方が有名だ。
ちょっと大きめの病院に行けば、館内案内の看板に「ICU」と書いてある。

が、そこではない。
出身校を「ICU」と答えて、「ああ、あそこね!」と分かってくれる人は少なく、どちらかと言うと知らない人の方が多いのではないかと思うほどのマイナーな大学だ。

英語教育に非常に力を入れている。
これは、他大学に負けず、自信をもって言える。1学年1000人足らずで、少人数制の徹底した言語教育を行っている大学だ。

ICUでは英語が不可欠・・・というか、マジで生きていけない(笑)。
学期毎に配られる取得学科の一覧表も英語で書かれているし、外人の教授や学生がやたら多いし、日本の歴史の学科とかも担当教授が外人であれば英語で学ぶことになる。卒業の条件にも、「卒業までに、英語で実施される課目を必須9単位以上」がある。

入学してから1年、2年は英語の授業ばかりだった。専門科目の授業は、2年の後半くらいからやっと取れる感じで、まずは授業を受ける前段階の英語の徹底したお勉強。

促成栽培気分であった。促成栽培に向いている植物と、向かない植物があると言うのに・・。

今思えば、よく気が狂わなかったな、私。
人生の中で一番必死で勉強してた気がする、受験の時よりも。

純正ジャパニーズの私とっては、過酷な日々であった。
高校時代、多少なりとも英語に自信があってICUに入学したが、入学直後にスゴイ世界を思い知らされた。「自信」なんてもんは粉々に崩れ、一から修行のし直しである。上には上がいるもんだ。

ちなみに、1年時の英語の授業は、入学直後の英語の試験によって、セクション「A」から、たしか「Z」まで、1年生全員を20人弱のクラスに分け、そのクラス単位で「読む」「書く」「聞く」「話す」を徹底的に学ぶシステムになっている。

で、あるので、常に先生とアリーナ席で授業が受けられる状態になっている。普通の大学のように「後ろの席ならバレない」、なーんてことは絶対なく、どの席に座ろうが丸見えである。

ラクガキもできない。宿題忘れや居眠りは非常に目立ち、しようものなら英語で怒られ、英語で自己弁明するオチになる。遅刻もしにくい。・・とは言え、してたが。

セクション「A」から「Z」というクラスは、さらに大きく3つに分かれており、英語の授業内容が異なっていた。
「A」からアルファベットの真ん中くらいまでのクラスは、フルで英語の授業があり、真ん中から「U」くらいまでは一部の英語の授業が免除、「Y」とかを含むクラスは英語を大幅カットで逆に日本語授業を取らされる形になっている。

分かりやすく言うと、「A」からのクラスは、「純ジャパニーズ組」で「もっと英語を勉強しましょう」クラス、次のクラスは、英語力が割とある「中堅」クラス、最後のクラスは、「ほぼ外人並み」でどちらかというと「日本語をやりましょう」クラス。

当然、私は「英語がんばりましょう」組であった。
一番最初のクラス分けテストなんて、あまりの分からなさ加減に、テスト中に薄ら笑いさえ出てしまうほどであった。クラス分け以前で、入れてもらえず、入学取り消しになるのではないかとマジで悩むほど分からないテストだった。

まぁ、そんなこんなで英語の修行が始まり、「日本が一番」なんて言って海外に行ったことのなかった私は一大決意をして、この1年時にオーストラリア短期留学をした。

帰ってきたら、すっかり海外好きになってしまい、フラッと海外逃亡をしてしまうような今の自分がこの時に形成された。

う~ん、懐かしい。
懐かしさに浸らせていただくために、もうちょっとひっぱらしていただきます。この続きは次号で。




●昨日ノ夜ノ夢

プロレスラーがファッションショーをしているという奇妙なシチュエーション。
観客の1人として、最前列の席に自分は座っていた。
赤と黒の覆面の人が優勝していたような気がする。


あとは忘れてしまった、起きた瞬間に。



●今日のカメ

海外旅行好きを記念して(?)、色々な国へ行って買ってきたお土産(自分用)をご紹介。

○エロ箸置き(1)

これは中国・上海に行ったときに見つけた一品。腰の「くびれ」部分に箸を置くのだと思われます。ステキング。中国4千年の歴史を感じます。

○エロ箸置き(2)

別バージョン。こんなポーズ違いが全6種類あって(笑)、立派な箱に入って売られておりました。こんな奇特な商品は迷わず買いましょう。というわけで、確か日本円で360円(6つで)くらい。

○皇帝服

「エンペラー」っぽいでしょ。なぜ買ってしまったのかは、謎。結構、暖かい。
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by meshi-quest | 2001-09-17 18:35
プロフィール
ゲームプロデューサー
成沢 理恵
「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」シリーズで知られる㈱スクウェア・エニックスを経て、 現在、ちゅらっぷす株式会社取締役、兼、ゲームプロデューサー。

ヒマさえあれば、国内、海外を食べ歩き、遊び歩く、生粋の遊び人。

その経験は、ゲームづくりにも活かされている、はず……。
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