被災地・気仙沼へ行く。② ~「鹿折地区」へ~
気仙沼の北側にある「鹿折(ししおり)地区」という場所へ。
ここは、震災直後に流されてきた船の重油で、
広範囲の火災が起き、甚大な被害が出た地域だ。
そもそも、普段の気仙沼の港は、とても穏やかだ。
実際に見てきたが、とても波が穏やかで、防波堤のない小さな港だった。
穏やかなだけに、ここはたくさんの船の停泊所となっていて、
震災の当日も、たくさんの船が泊まっていたらしい。
そして、震災が起き、津波が来て、
そこに泊まっていた船が一斉に陸地へ流されてきた。
転覆したり、ぶつかったり、タンクから大量の油が出て、
そこに火が付き、大火災になってしまったらしい。
「鹿折地区」に近づくにつれ、遠くに異様な物が見え始めてくる。
青と赤のツートンカラー、まるで戦艦ヤマトのような巨大船だ。
何度もニュースで出てきた「第十八共徳丸」。
今は、海ではなく、陸にいる。
全長60メートル、約330トンある超大型漁船が、津波で陸地に上がってしまった。
本来、水の中にあるはずのスクリューがむき出しになっており、
道路のコンクリートは船の重みに耐えれず、削れて、めり込んでいた。
この船を撤去するには、解体しなければ運び出せない。
解体するためには、3000万円近い膨大なお金がかかるそうだ。
そして、気仙沼には、この船ほどではないにせよ、
まだそこらじゅうに陸地に上がってしまった大型漁船が放置されている。
つらい想い出の詰まった漁船など見たくない人も多いだろうし、
この土地を整地するにも、船は早くどかさなければならないが、
解体には人も、お金も、時間もかかり、船以外にも急を要する問題は山積みだ。
なかなか進まない。
すべてのことが複雑すぎて。
■今日のカメ
■気仙沼港①
波はすごく穏やか。■気仙沼港②
この日もたくさんの船が停泊していました。おそらく震災前はもっと多くの船があったと思われます。■鹿折地区へ向かう。
車窓からの写真。遠くに巨大な共徳丸が見える。■全景
高台から見た鹿折地区の様子。■第十八共徳丸①
その大きさに、まず驚く。■第十八共徳丸②
こんな大きな船が陸地まで来てしまうのか・・・。■道をふさいでいる。
船が道路を完全にふさいでしまっている。■スクリュー
大きなスクリューもむき出しに。■地面にめり込む。
船の下の部分。コンクリートが削られ、船がめり込んでいます。■鹿折地区①
大規模な火災と津波で何も無くなってしまった。2012年3月10日現在、大きな瓦礫はなくなっていたが、倒壊したビルや住宅の一部はそのまま残っていた。
■鹿折地区②
第十八共徳丸ほどではないにせよ、このサイズの大型船は至る所にあった。地上に船がゴロゴロしている異様な光景。
■鹿折唐桑駅
大船渡線という単線が走っていた駅だったが、震災で駅も崩れ、線路も壊れ、不通に。■線路をたどる。
不通となってしまった線路の上を歩く。■曲がっている線路
至る所で線路が曲がっていたり、壊れていたりしていて、電車が走れる状態ではない。主要線から直していくため、復旧には、数十年かかるとも言われている。
■生活の跡
線路脇の土山の中に、食器や衣類の残骸、スーパーのハンドラベラー(手で握って、値札シールを貼る機械)やスーパーファミコンのカセットなど、生活の跡がたくさん見られました。■震災直後の写真
とある店にあった、震災直後の第十八共徳丸とその周辺の様子の写真。船が瓦礫に埋もれている。1年後の現在と比べると、大きな瓦礫が撤去され、だいぶ違うことが分かる。


