「うりずん」とか「ぶちくん」とか
那覇に着いた。
いつも思うけれど、このナハという響きが好きですなあ。でも漢字で書こうとすると一瞬戸惑うのはなぜなのだろう。「覇」の字がうまく頭に浮かばないのだね。
いやこれは作家といいつつあまり文字を知らないぼくだけの問題なのだろう。
とはいえ沖縄各地の地名は、琉球の頃の名称に強引に漢字をあてはめてしまっている例が多くその違和感がいつもどこかにあるからではないのかな。
この違和感はアイヌ語に強引に漢字をあてはめている北海道も同じだ。倶知安(くつちやん)とか納沙布(のさつぷ)とかね。でもこれなどわりあいきれいにあてはめてあるほうだ。茶志骨(ちやしこつ)とか計露岳(けろだけ)などワープロの漢字変換失敗みたいな地名がいっぱいある。ときどきあまりにも語感が違っていてどうにも漢字が当てはめられなかったようでそのままの読み方になっているところもあります。ペンケメグンナイとかね。
強引な役人もこれにはどう当て字していいかわからなくてギブアップしたかんじ。なんとなくザマミロですね。
いけねえ。いまは那覇に来ているのであった。
ここにも難しい呼び名のところがいっぱいある。内地の人で「金武」をすぐにキャンと読める人はあまりいないだろう。喜如嘉(きじよか)も難しい。照首山(てるくびやま)はいかにも暑そうだ。慶留間島はゲルマ島と読む。名前の響きがいいので座間味島で知り合った少年たちと「ゲルマ島探検隊」というのを作ってひとまわりしようとしたが集落以外に道がなかった。
今回の我々の取材の案内役をしてくれる写真家の垂見健吾さんは東京から恩納(おんな)という土地に移住した。島の人から当初「あんたの奥さんはおんなかね」と聞かれてレレレ化したことがあるという。恩納の出身か、と聞いているだけなのだったが。
で、まあ前回に続いて「麺の甲子園」南島ブロック大会だ。沖縄のほかに石垣島、宮古島、大東島などの先島諸島の大会と二回にわけて報告している。今回は本島大会。
着いた初日まずは「ぱやお」という沖縄居酒屋に行った。パヤオは漁礁のこと。効率的な漁をするために沖にケーソン(大きなコンクリートなどの建造物)をいくつも入れてそこに魚たちの住処を作ってやる。
町の居酒屋も、肴や酒を用意して飲み助を集める陸上のパヤオみたいなものだ。
その店は居酒屋「うりずん」の姉妹店で、「うりずん」とは「早夏」という意味。本格的な夏がやってくる前のちょっと夏めいて暑くなってきた梅雨前の頃のことらしい。
なんという綺麗なことばなのだろうと感心したものだ。琉球にはそういう人の心にやわらかく入ってくる言葉がいっぱいある。
梅雨があけて本格的に「カーーーッ!」と暑い激夏がやってきてあまりの暑さにひっくりかえるのを「ぶちくん」という。この言葉もいかにも「ぶちくん!」と言ってひっくり返ってしまうようでおかしくて好きだ。暑くて気がぬけたようにひっそり気だるくなることを「ちるだい」というそうだ。これも心にじんわりつたわってくる南島のいい言葉だなあ、と思う。
「ぱやお」で飲んでいると昨年の夏にぼくの家にホームステイしていた那覇在住の高校生の翔太郎君がやってきた。翔太郎君に「麺の甲子園」の神奈川・静岡・山梨ブロックの取材につきあわせたので、沖縄大会ではうまい沖縄そばの店の案内を頼もうかと思ったが、彼は来年大学受験で、国立の理工系を受けるという。今が大事なときだから顔をあわせるだけにした。本人は一緒にあちこちの沖縄そばを食えないのが残念、という顔をしていた。
のっけから強豪三枚肉と
翌日の初日第一回戦は糸満にある「淡すい」であった。有名な店で、この店を紹介する本にはたいてい「経営者は三五年かけて沖縄そばの研究をした後、満を持して開店した」と書いてある。うーむ。ずいぶん長い時間をかけて研究したのだなあ。
有名店らしくないプレハブ造りのそっけない構え。まだ時間は早かったので客の姿はあまりなかったがテキパキした従業員の動き、活気のある厨房などいずれも繁盛店の基本だ。テレビもなく静かに流れるショパンのBGMも厭味がない。
三枚肉のそばを注文。麺も肉も上等で、のっけから優勝経験豊富な強豪に出会ってしまった気分だ。うーむ。三十五年間の成果を感じるではないか。
沖縄そばはラーメンと内容が同じ、と前号に書いたが、風合いがラーメンとは全然違っているのはダシにカツオブシという堂々たる「和」とトンコツという「南アジア」が完全合体していることによるのではないかと見ている。
我々はいつもの杉原、楠瀬、今泉、カメラの佐藤。今回はそれに垂見さんという六人編成。これだけいると評価の意見もいろいろでたいへん参考になる。
続いて首里に戻り「首里そば」。
観光地にある有名店だから店構えもそれなりに贅をこらしており客で賑わっていた。
しゃれた内装の店の横に切り縁のあるちょっとした野外席があって我々はそこに案内された。
こぢんまりとした中庭の風情などに「うう」とか「ああ」などとあまり意味のない感想というか、感嘆符などを述べているうちに注文した「手打ちそば」が出てきた。
この店はカツオの一番だしのみを使っていて手打ち麺は七時間がかりでつくっているという。こだわりの沖縄そばで、ずいぶん長いこと沖縄に来ているけれど、こういうハイクラスの沖縄そばをいただくのは初めてである。客の半分以上は観光客のようだ。手打ちは一日約六○~七○食しか出せない。
日本蕎麦にも老舗の洗練された手打ちというのがある。一人前の量が最初の箸のひとかきでもうあらかた無くなってしまうような、おめえ客をバカにしてんのか! と言いたくなるような店がときおりあるかと思うと、駅の立ち食いのような雑な蕎麦屋があって、これは量がたっぷり。アツアツ、ヒヤヒヤのメリハリもいい。ただし慌ただしく終始立ったままだ。どっちがいいか好みは二分される。
ぼくは那覇というと長いことアサトの交差点近くの路上に面した二十四時間営業のスタンド店を愛用していた。(もう立ち退きにあって無いけれど)そこは安い早い多い。おまけにおばあのどんぶり指めりこみスープであったがそれがまたよかった。
したがってこういう高級沖縄そばとの対比がむずかしい。
「どっちもうまい!」
まあ、大人の感想だ。
百キロ(推定)もやしに圧殺
二台のクルマに分乗して高速道路に入り、それからずんずんいって終点まで進む。途中道の端に大きな看板があって「グリーンベレー訓練中」「流れ弾注意」などと書いてある。
「流れ弾注意」と言われてもなあ。そっちで高速道路にまで飛んでくるような危険な弾を撃たないようにしろ。下手な奴に訓練させるな。
海ぞいの一般道をおりるとさらにずんずん一時間くらい行った大宜味村にある「前田食堂」に到着した。ここは何度も来ている店だ。
道路の横に唐突に一軒だけというかんじでこの店があり、知っている人でないと通り過ぎてしまいそうだ。
名物は「牛肉そば」。沖縄そばの上にどおーんと炒めた大量のもやしと牛肉が載っており、その量が半端ではない。一皿一皿山盛り。ここに来る客の殆どがこれを注文しているようなのでこの店のもやしの消費量は想像を絶していると思う。いつか厨房の奥のもやし置き場を覗かせてもらいたい。百キロぐらいは軽くあるのではないか。いやもやしは軽いから百キロなわけはないか。アシが早いし。まあそんなことを本気で考えてしまうくらい太っ腹なもやしの量だ。
出される大量のもやしはヒゲも根もいっさい切っていないので、たぶんざっと洗ってそのまま大きなフライパンでばしばし炒めてしまうのだろう。
上品で格調の高いさっきの「首里そば」の店から直行したのでその格差に「ガック!」となるが、ガックとなったぶん、挑戦意欲がむくむくとわき上がる。このどんぶりの上にどおーんと載せられたもやしと肉が「どうだ!」と言っているのが聞こえてくる。こういうものを攻めていかなければなにが「麺の甲子園だ!」と一同互いに言い合い鼓舞しながら、わしわし食っていったのだった。
まさに無骨な田舎の高校生のイブクロがイメージされる熱き存在感。食うほう、食われるほう双方イキオイで勝負、というところであった。
今回、もし「麺の甲子園」に沖縄代表の麺が出てくるならばその代表麺は何か? ということは我々取材当事者も秘かなる期待を抱いていた。
高校野球でも毎年沖縄出身のチームには特別な思いをこめた声援がおくられ、ヤマトの強豪チームと沖縄のチームが対戦するときは、いつのまにかマスコミそのものが判官びいきで沖縄に熱いエールを送ったりしているケースが結構ある。この麺の甲子園も、あの感覚に近いものを感じる。
「この前田そばなどは、いかにも沖縄代表っていう雰囲気を感じるなあ」
誰かがそう言うと全員が頷いた。
「選手層がひろく厚いっていう感じがするよ。でもみんな無骨なんだ。でもって団結の心は熱く身は軽く」
「言っている意味がよくわからないけれどなんか褒めすぎじゃないの。あっ、あんたもやし好きなんでしょ。もやしっていつも団体でかたまっているからもやし好きな人はどうしても団結なんてことばにココロふるわせたりするよな」
「沖縄にはソーミン(そうめん)チャンプルーってあるでしょう。ソーメンは全国各ブロックでけっこう参戦していたけれど結局予選落ちがほとんどだった。なんか基本的に家庭料理っていうイメージがあるからかなあ」
「ところがこの沖縄のソーミンチャンプルーは全県的にポピュラーな存在で日本には沖縄、先島諸島のみというオリジナリティもあるし信奉者層も厚い。これにマーミナー(もやし)チャンプルーをどさっと載せたマーミナー・ソーミンチャンプルーにしたら相当ヤルと思うけどなあ」
「だけど、そういうメニューのある店をあまり見ないんだよなあ」
「実力はあるのに向上心がない」
「向上心って何よ」
「そういうメニューをつくろうという冒険心、イノベーションがないんだ」
「なんかムズカシクきましたね」
「ここに『どえりゃー名古屋モーニング』というムックがあるんだけど、名古屋のあの喫茶店モーニング過激競争の最近情報が満載なんだ。それみると『焼きキシメン』とか『塩ヤキソバ』とか『味噌スパゲッティ』とかヤキソバとヤキウドンとカレーライスがセットになった『病気ライス』なんていうのがある」
「何で『病気』なの?」
「もの凄い量でざっと四人前、こんなの毎日食ってたら確実に病気になるから、ということらしい」
「なんか全体がめちゃくちゃな気がする」
「こういうめちゃくちゃで名古屋は活気が出ているからね」
「つまり沖縄にはそのくらいハメを外すエネルギーが欲しいということだね……」
ゆうがた那覇の公設市場二階にある「きらく」でそのソーミンチャンプルーとイカ墨スープ。ここには無かったが「イカスミ沖縄そば」があってもいいではないか、というさっきの話の延長になった。
夜は「うりずん」にてイッパイ飲んだあと近くにある「酒でもそばでもなんでもあるさあ系」の店「栄町ボトルネック」がなかなかうまいという噂を聞いて行った。
どんぶりに無造作にそばだけ入ったのがどしんどしんと出てきて、続いて熱くわかした汁がヤカンのまま出てくんのよ。あんたら勝手にすきなようにやんな、という態度だ。ソウルの人気激辛冷麺屋にこういうのあったな。辛くて死の危険かんじたら勝手にスープたして蘇生しなさいという救命装置だ。それの沖縄そば版。はじめてだったけどこれがいやはやうまいんだ。具もなにもない「やかん汁ぶっかけそば」だけどこれいいねえ。
かめかめ攻撃
翌日は一日ぐらいなら、ということで翔太郎君が参加した。第一試合は那覇の天久にある「てぃあんだー」。
ガラス張りの店は沖縄そばのイメージとやや異なるおしゃれ店。といって沖縄そばがけっして野暮と言っているわけではないですよ。しかしそのためかカップルや家族連れの客が多い。つまりうるさい。ここの麺は仕込みに二日かけているという。太麺と細麺と選べどちらも固く名古屋の「味噌煮込みうどん」を思いだした。しっかり噛んでいると顎が疲れるくらい。スープはなかなか奥が深くて立派なものであった。
続いて「守礼そば」へ。ファミリーレストランタイプの店で中は大きく、店の奥まったところで三線を弾くきれいなお姉さんがライブでずっと民謡をうたっている。
ここはメニューが多く、軽く三十種類以上あるという。では全員いろんなものを頼みましょう、ということになった。
ゴーヤーそば、もずくそば、ミミガーそば、マーボーそば、カレーそば。まあラーメンでも日本の蕎麦でも、上に何かいろいろのせていけばのせたものだけ新しい種類のそばになるというわけなのだけれど。
さあ残り試合時間が少なくなってきた。いそげいそげといってやってきたのは西町。ちょっとわかりにくいところにある「亀かめそば」。ここは知る人ぞ知る安くてうまい店。人気の製麺所の麺を使い、いまどき三五○円は偉い! 二重になったような入り口を抜けるとモロにアジアっぽい雨よけブルーシートの中庭ゾーンがいい。ラオス人気のフー屋(ビーフン屋)のイメージだ。沖縄の田舎などではオバアなどに「かめ、かめ」とよく言われる。「食べろ、食べろ」ということなのだ。その「かめかめそば」。よくかみかみしましょう。
中庭に大きく窓を開放した厨房にオバアとネエネエとニイニイがいっときも動きを止めずに忙しくたち働いていて、客に当たり前に見せる笑顔がマニュアルでもサービスでもなくきれいなホンモノでこれがまっこと感じいいんだなあ。まいりました。
こういうのが沖縄の底力のど真ん中! と見た。軟骨そばにフーチバー(よもぎ)そばがここの二大スターだった。軟骨そばを頼み、別にフーチバーを頼むとザルに山盛り入って出てくる。おおこういう注文の仕方があったのか。名古屋に負けていないぞ。しかもこれ名古屋の「病気ライス」の対極にある「健康そば」っぽいぞ。沖縄、先島諸島ブロック、思いがけず熱戦に次ぐ熱戦。実際わしらもう汗だらだらなのね。勝敗は混沌としてきた。
(次回は和歌山VS鹿児島篇)
名店「亀かめそば」(写真・筆者)