富山ブラックラーメンに怯える
麺喰い団は北陸に飛び、日本海側から太平洋側にむけて縦断する恰好で中部、近畿に向かうことになった。
「なんか台風みたいでいいっすね」
「めざすは鳴門海峡!」
いつものように不毛の会話を交わしつつ羽田空港から富山空港へ。団員はぼくを入れて四名。金沢から今泉三太夫が加わる。
寝不足なのでうとうとしているうちに富山に着いて空港でフラフラしているうちに楠瀬がレンタカーを借りてきた。後部座席でさらにウトウトしていると氷見市に入っていて、ぼおっとしているうちに「あけぼの庵」のテーブルにたどりつき、ウーとかアーなどと言っているうちに「氷見手延うどん七百五十円」が目の前にあった。緊張感がないことはなはだしい。
「日本三大うどんの一つと讃えられる氷見手延うどんを一番おいしい状態でお召しあがり頂くために、うどんは【茹/ゆ】でたて、天ぷらなども揚げたてでお出ししております」
テーブルの上にそのようなことを書いたカードが置かれている。
なるほど「うまい」。
あつあつの素うどんを食べたのだが揚げたての天ぷらとともに食べたほうがよかったかも知れない。緊張感がないから堪能している余裕もなくあっという間に食べおわってしまった。あまりの速さに申し訳ない気持ちだ。
「日本三大うどんを言いなさい」
麺の甲子園審議団に聞く。
「ええと、讃岐に稲庭に野村屋のひやしぶっかけ」
「何? その野村屋って」
「郡山市内の老舗。うちの田舎です。そこの野村屋のひやしぶっかけが日本三大うどんのひとつと数えられている、とその店では言っています」
「氷見うどんがないじゃないか」
「だから困っているの。ええと日本三大祭は神田祭りに祇園祭りに天神祭り。日本三大商人が大阪商人、近江商人、伊勢商人。日本古典三大随筆が枕草子に徒然草に方丈記」
「ああにを言っておるのだ」
「日本三大夜景が函館、神戸、長崎。日本三大温泉が有馬、下呂、草津。日本三大履物が草履に下駄に……」
「もういい、先を急ごう」
気を取り直してたどりついたところが富山市西町の「大喜本店」。
ここはいま地元を中心に勢力を広げている話題の強烈キャラクター「富山ブラックラーメン」元祖の店である。富山市内に入ったところで十年ほど前の出来事をふいに思い出した。
あるとき富山の駅の裏にあるラーメン屋にはいったらそこがおそろしくまずくて、週刊誌のコラムに「バカヤロ的にまずかった」と書いたら、富山のラーメン業界が富山のラーメン全体がまずいと言われたと過剰反応して激しく怒り、スポーツ新聞や地元テレビのワイドショーなどが騒ぎだしてえらい騒動になった。以来富山のラーメンを語るには神経を使うのである。
富山ブラックラーメンの店は細長いつくりで、全体に黒が基調。壁にぐるりとカウンターがくっついているので全員壁にむかって食べるようになっている。だから入っていくと客の頭の後ろ側と背中しか見えない。雰囲気がすでに圧倒的に黒い。
あのエート「暗い」ではなく「黒い」のね。七割がた埋まっているのは単独客なので、お喋りの声はあまりなく、これは人気名物店のいわゆるひとつの特徴である。厨房に沢山の人がいて黙って忙しく立ち働いていてメニューは「中華そば小(並)六百円、大九百円、特大千二百円」のみ。これらも流行り店の特徴。客が次々に入ってくるのでいろんな注文はうけられませんというやつだ。
我々はまだあとがあるので全員(小)を頼んだ。それにしても期待に胸がふくらむ、つうか胃をふくらませて待つ。
間もなくおばちゃんの手にむんずと掴まれたブラックラーメン(小)がカウンターの上にならべられた。すでにブラックペッパーがかけられているそのドンブリの中は色あくまでも黒く、スープは醤油をそのまま流したようにみえる。全員無言でまずそのブラックスープをおむ、じゃなかったのむ。
「うう」。思ったとおりしょっぱい。ダシはきちんと出ているがとにかくしょっぱいのでラーメン用にこれから薄める前の状態のがそのまま出てきてしまったような気さえする。おそるおそるまわりを見回すとみんな同じ色だ。よかったようなそうでないような。次に麺をすする。麺がスープに黒っぽく染まっている。
「うう。これもしょっぱい」
黒ラーメンが生まれた背景は、そのむかし労働者などがラーメンをオカズに弁当のめしを食べていたのでそれならもっときちんとオカズになるように味をとびきり濃くしてやろうと経営者が考えたことによる。
なるほどラーメンライスならいいかも知れない。しかしこの店ではゴハンは扱っていないのであった。よく見ると生タマゴがメニューにあった。せめてそれが欲しくなる。
見回すとこれの(特大)を食っている凄い人もいる。ごはんや生タマゴもなしにこの強烈しょっぱしょっぱラーメンの特別大盛りを全部食ってしまう人を尊敬したい、つうか畏怖せしめるものを感じるのであった。今のコレ、言葉の使いかた間違っていないよね。
驚いている間にも客がひっきりなしに入ってくる。店の雰囲気といい、事前の評判といい、この店のラーメンにはかなり熱烈なファンが沢山いて、それらの人々はたとえばこの強烈に濃くてしょっぱい味に全身がからめとられてしまっていてもう離れることができない状態になっているのではないか。という印象さえ受けた。
麺の甲子園としては、この富山のブラックラーメンにどう対応していったらいいか。
「凄いけれど、これがうまいかどうか、といったらはたしてそうであるかという疑問を抱いてもやむを得ないということを認めるにやぶさかでないかどうかという判断にうなずかざるを得ないという結果に陥ってもそれをよしとする考えも認めざるを得ない」というしかないのであった。
長身大門素麺にあとずさる
レンタカーの中で全員いつもより沢山のペットボトル入りのお茶を飲んだ。
「今のブラックラーメンですが、そのへんのニーチャン、ネーチャンがイチャイチャしながら食うことができない、というのがとにかくいいと思いました」。なかなか結婚できない独身のカメラマン佐藤が力をこめていう。
「参考にしておこう」
審議団の杉原が言う。
ちょうどそんなところにしらじらしい偶然で「麺の甲子園」大阪と讃岐の地区大会の結果速報が飛び込んできた。
「おお。あのあたりの決勝大会がいま行われていたのか。もうじき夏だもんなあ。それにしても関西ブロックを見てください。強豪が沢山ひしめいていてどうなることかと思っていましたが『肉吸いうどん』が『チリトリ鍋』を破ったんですね。これは凄い。あの肉吸いですよ!」
「チリトリ鍋のブロックで京都の『たぬきうどん』と大阪の『きつねうどん』の対戦が×印になっていますよ。なんですかねこれは?」
「たぶん両者バカしあいで試合にならなかったんじゃないでしょうか」
「じゃあ一試合勝っただけで決勝にかけあがったチリトリ鍋は有利だったんだ」
「決勝でそこを『肉吸い』がじっくりねっとり攻めた」
「攻められるほうはたまったもんじゃないでしょうなあ」
「一度攻められてみたい」
「『肉吸いうどん』は西日本でも相当強いんじゃないですかね」
「楽しみです」
一同盛り上がりつつ山越えして岐阜県に。飛騨高山はカツオだしの“地ラーメン”が勢力をのばしているという。
その高山ラーメン発祥の店「まさごそば」に入る。親父が一人カウンターの中に入っていて「あいよ」などといってちゃっちゃっと作るというよくあるスタイル。客は派手で品のないおばさんが一人、ナナメに煙草をくわえて煙を口の横からだしている。常連らしい。カラオケスナックかなにかを経営していて店を開く前の腹づくりというところだろうか。ラーメンはすぐに出てきた。
普通の濃さのスープがありがたい。カツオブシの匂いが鼻孔をくすぐる。くふくふ。すぐに麺喰い審議団一同点数を書いたボードを掲げる。8点、6点、7点、7点。いや、ボードはなかったな。低い声でボソボソ点数を言い合っただけだ。おお、結構高得点である。
今回の移動スケジュールは楠瀬の作成だが相当乱暴なものでこのあとまた富山に戻るのだった。
砺波(となみ)市の「お多福」。ここでは大門(おおかど)素麺が出場準備をしている。特徴は干した素麺を切らないでそのまま長いのを出している。
カウンターでビールを飲んでいる常連らしい中年の男。カメラマン佐藤が一眼レフを構えると「おおマスコミか。なんていう会社?」といきおいこんで聞く。
「小説新潮といいます」
客の親父さんあきらかに聞いたことないな、たいしたマスコミじゃないな、というガックリ顔だったが気を取り直して解説してくれる。
「素麺はここの店のように切らんで食うほうがうまいよ。一口サイズにまとめればええから不便じゃない。味は切っても切らんでも変わらんけど小豆島の素麺だって元は長いのを切っとるだけやろ?」
どおーんと山盛りいっぱいの素麺が出てきた。素麺を店で頼むとふた口み口も【箸/はし】でとるともうそれで終わってしまうぐらいの量しか出てこないところが多いからモノ足りず不満であったがここは違う。
なるほど麺はずずーんと長い。やる気いっぱい。おおこれは有望強力麺か。
でも一同ほぼ同時に一口すすって「レレレレレ化」した。麺はあきらかにゆですぎでくっちゃりからみつき、たっぷりのタレは異様に甘すぎである。辛い大喜ブラックラーメンのあとは蜜のように甘いタレだ。おおやばい! ここも富山県だ。
「どや、うまいやろ!」
客の親父の声が大きい。
「うう。長いですね」
「うまいやろ!」
「長いですね……」
一人で親父の質問に答えなくてはならなくなったカメラマン佐藤の眼が我々に助けを乞うている。我々は八割がた残ったままの大盛り素麺四つと佐藤を残して黙って店を出る。
「あの素麺、絵にはなるのでグラビアのアタマに載せたいと思っていたんですが一回戦敗退というのではカッコつかないかなあ」
楠瀬が店の玄関を出たところでつぶやく。
「いや甲子園で選手宣誓やるけれど一回戦でズタボロに負けて早々に引き上げる高校ってあるやん。あれと同じと思えば」と杉原。
「どや、うまいやろ」
カウンターの客がまだカメラマン佐藤に言っている。声が恫喝に変わっている。
「はい。長いです」
絞り出すような佐藤の声がきこえる。我々は佐藤を見殺しにして駐車場に急ぐ。
幻の日本三大珍麺
金沢にむかい「白鳥路ホテル」というえらく洒落た名前とたたずまいの宿に入った。荷物を置いてすぐに夕食というか、まあビール方向にすすむ。本誌でもお馴染みの居酒屋名人太田和彦の居酒屋ガイド本に出ている「浜長」という店にむかった。しかし我々程度にはやや敷居の高い高級な店構えなので、入るのに一瞬ヒルンだが店の中は意外に庶民的なしつらえであった。
生ビールを頼んだところで今泉三太夫が合流。その店の肴として出てきた「イカソウメン」「イカの黒づくり」「魚ゾウメン」「岩モズク」に一同注目した。どれもそこそこの長さがあり、変わり麺として金沢地区大会に出場させられるのではないかという「スカウト会議」がにわかに始まった。
見たかんじ強そうなのは「天然岩モズク」だ。そこでこの海のもの四種の中から代表を決める予選リーグをひらき、さっそく「天然岩もずく」が予選通過。能登代表として決勝トーナメントに進出した。話は早いのである。
店を出て今夜金沢のラーメンを食べると本日一日で富山、岐阜、石川三県のラーメンを制覇することになる、ということに気づき「万味」の中華そば五百円を全員注文した。
「うーん」金沢のラーメンもあまりピンとこない。だんだんはっきりしてきているのは、日本最大のラーメン激戦区はとにかく東京であるということだった。
東京には全国から突出した実力派ラーメンが密集しているのである。しかも東京の客は百戦錬磨。ちょっと味が落ちたり手抜きがわかったりするとたちまち客足は絶える。麺喰い団はこの長い全国麺喰いツアーにおいて次第にそのことの現実をきっぱり確信しつつあるのだった。
翌日は福井に向かう。この取材旅は当然ながらホテルの朝飯は食わないから出発は素早い。いきがけに近江町市場に寄っていった。規模の大きな立派な市場である。うまそうな魚が並んでいてくらくらする。イキのいい能登半島の「岩もずく」を見つけた。塩だししないとすぐには食べられないというのが残念だが、電光石火のトーナメント出場を讃えて佐藤が丁寧に写真撮影。「おれたちこんな色黒でいいっすか……」。緊張してたらたら汗まみれの素朴な岩モズクに「いいぞ」「そのままいけ!」などと激励の言葉を送る。
クルマを飛ばして福井の三国に行った。「新保屋」に直行。ここには数年前にきて辛味そばを食べて感動したことがある。
富山のブラックラーメンと並んで今回の北陸大会では事前に注目されていた「麺」のひとつである。
これまでの経過でみてくるとどうも日本そばはあちこちに注目すべきものが沢山あるのだが出場の機会に恵まれないものも含めて全体にどうも不調である。
しかし「三国の辛味そばを知ったら黙っていられなくなるぞ」と私は事前に麺喰い団のめんめんに言ってあった。
午前中の店内はまだまばらな客であった。おろしそば並五五○円。おろし天ぷらそば並八○○円を注文する。
大根オロシのオロシ汁にカツオ、コンブのだし汁がまざったものが皿に盛られたそばにかかってくる、というシンプルなものであった。
一同、こあがりでそれをずるずる。誰からともなく「おっ」とか「うまい」とか「いやはや」などと控え目ながら力のみなぎった声がもれる。全体に「シンプルながらきっちり勝負している」なという説得力がある。
二杯目をお代わりしたいところだが、本日もまだいろいろあとがあるので気持ちとイブクロを説得しておさえる。思い出したが前回来たときはあちこちで連続ノルマ喰いという制約がなかったので何杯もお代わりした。その場合は辛味ダイコンのオロシ汁がどおーんとついてきてそれをつぎつぎにかけていくのである。
コメカミにツーンとくる深い「うまみ」が脳髄をゆする。さあみんな点数ボードを。
9点 8点、9点、8点、10点、おお10点がでた。
念のためという意味で近くのペンション風の辛味そばをたべさせる店に行ったがこれは駄目だった。でも客でこんでいた。
すぐさま北陸自動車道を飛ばして敦賀までいくことになった。あまりにも連続移動時間が長く、後部座席にいるとすぐ寝てしまうのでそのルートはぼくがレンタカーを運転していくことになった。腹ごなしにもなる。
目指すは美浜町の「麺房かなめ」。講談社文芸第二部長氏が楠瀬に「麺の甲子園」の参考として教えてくれた「うそば」の店だ。うどんとそばがぴったりくっついた日本三大珍麺のひとつだという。食うと当然うどんとそばの味がするという。食うと親父は必ず「うそばうそだ」と言うという。だからなんなんだという問題もあったが楠瀬が張り切っている。
日本三大珍麺の一角を制覇したら当然つぎは“どこにあるのかわからないが”残りの二珍麺制覇という新たなる目標も生まれるはずだ。
二時間かけて到着したら本日休業であった。こら楠瀬、事前に電話でやってるかどうか聞いたらどうなんだ!