春、夏完全制覇めざし札幌味噌ラーメン出撃
今回は夏休みスペシャルということで初の「全日本麺の甲子園」を開催することになった。主催は全麺全喰連(全国麺類全部喰うぞ連合協議会)である。
なんといっても日本は世界最大の麺王国。これだけいろんな麺を日本中の人が日常的に食べている国はほかにない。
そこで、今どこの麺が日本一なのか、本当に実力と人気のある麺はどこの何なのか、ということをこの全国大会においてはっきりさせよう、ということになったわけである。
スタジアムには特別解説者として二人の専門家においでいただいています。
まず
麺類研究家の鳴門さん。
「よろしく」
おとなりは
麺類大食い探検家の鮫腹さん。
「はじめまして」
主催者側(以下主催)=全麺全喰連では全国を六ブロックに分けてこれまでにそれぞれの地域で激烈な地区予選を行なってきました。
鳴門=どのようなブロック分けになっているの?
主催=北海道、北日本、関東甲信越、東海中京、西日本、九州沖縄です。
鳴門=まあ妥当なところかね。
主催=ではさっそく北海道ブロックからいきます。ここは圧倒的なラーメン保守王国で、実質的には釧路、旭川、函館、札幌のご当地ラーメン四強の激突でした。このエリアではラーメン以外はあまり麺として認められてませんでソバやウドン屋などは隠れるように細々と営業しています。沖縄には札幌ラーメンの店はあるのに北海道には「沖縄すば」(小麦粉でつくる独得のもの。“すば”という)の店はまずありません。あったとしたら付近の人に石とかコンブのかたまりなんかを投げられるかもしれない、という非常に閉鎖的かつ排他的な側面があります。
この北海道ラーメンの持ち味はそれぞれ違っていて旭川はトンコツベースのアジ干しタラ干し濃厚白濁スープ系。函館は【鶏/とり】ガラ塩味磯風味系。新鋭釧路はタンメンあつあつフハフハ系。そして札幌の【味噌/み/そ】味バターコーンギタギタ系といった具合。そしてどの地域にも行列のできる店があります。
鳴門=北海道は蕎麦粉の生産量が多いのに日本ソバはどうして駄目なんだろう。
主催=みんな内地に送られてしまいます。
鳴門=寒いところだからモリソバなんかよりアブラの浮いたあつーいスープのラーメンが強いのはわかるな。
主催=このそれぞれ個性の違う四強をどう見ますか?
鮫腹=新顔ですが釧路のタンメンがけっこういけてますよ。自家製チャーシューがジューシーでなかなかいいんです。親父は無愛想だけど。
鳴門=それ、どこか特定の店をいってるんじゃないの。特定の一軒を推奨してもいいわけ?
主催=まあ麺の甲子園ですから特定の店でもエリアとしてでもいいということで……。
鳴門=あっそう。でも北海道代表といったらやっぱり街ぐるみで底力のある札幌の味噌ラーメンが全国の知名度という点でも本命なんじゃないか?
主催=そうなんですね。今年の春の選抜甲子園大会では味噌ラーメンが優勝しましたから。
鳴門=そんなのあったの?
主催=ええ、あったような気がするんですが。
鳴門=知らなかったなあ。でもやっぱり「札幌味噌ラーメン」は古豪の名門なんだね。じゃあ夏の大会もそれでいくしかないんじゃない。
主催=ええ。北海道ブロックは推薦制度をとってまして試合をせずにもう味噌ラーメンを代表として送りだすことに決まりました。夏の甲子園でも勝ってこいよ、と塩ラーメンも釧路のタンメンも気持ちよく送りだしていました。
鳴門=早くいいなさいよ。じゃあここはこれでいいと。
主催=はい。続いて北日本ブロックですがこれは激戦なんです。四年たったら酒田のワンタンメン
鮫腹=ここはどんな状況ですか?
主催=エリアが広いし、候補になった出場校じゃなかった出場麺がいっぱいあるので二ブロック代表選出ということになりまして、東北を太平洋側と日本海側にわけて予選トーナメントを行いました。これがその結果です。
鳴門=Aブロックは「盛岡冷麺」と「冷し中華」の“冷し麺”同士の一騎討ちだったんだね。「冷し中華」は仙台の出身だったの?
主催=いくつかの説がありましてね。東京神田の「揚子江菜館」が発祥というのもありますが、全麺全喰連は昭和十二年に仙台の「龍亭」が最初に作ったという記録を重視して仙台に出場権を与えています。
鮫腹=Aブロックはほかが弱いですね。「うーめん」はいかにも攻撃力が弱々しいし「わんこそば」はもう老齢で麺の力よりも観光客向けのパフォーマンスだけで生きながらえている。ぼくとしては売り出し中の「津軽焼ぎ干しラーメン」に期待してたんだけどなあ。
鳴門=煮干しや焼ぎ干し系のラーメンは日本海側にも多いね。
鮫腹=盛岡の「ジャージャー麺」に一回戦で勝ったのは当然ですね。「ジャージャー麺」は新興勢力で、地元のファンは多いけど生卵をかけて最後にお湯をかけてすするのが見てくれ汚いんですよね。食べてるほうは味噌味と卵がおいしいんだけど。
鳴門=全国区になっている「冷し中華」が地域限定勢力の「盛岡冷麺」に負けたというのはちょっと意外だな。
鮫腹=「冷し中華」がその土地によって、厳密にいえばその店ごとでつくりも味も違うというところに問題があったんじゃないですかね。それと夏しか出てこないというのも面白くない。もう二十五年くらい前にジャズピアニストの山下洋輔さんらが中心になって「なんで夏しか食えないのだ」と怒って「全冷中=全日本冷し中華愛好会」という組織をたちあげたことがある。それでも相変わらず夏しか登場しない、という意味のない【頑/かたくな】さというか怠慢というか無気力というか、まあそういうところが敗因じゃないかと思うんですね。
鳴門=なるほど。実力はあるのにね。
主催=強豪の呼び声高かった「喜多方ラーメン」が準決勝で「盛岡冷麺」に敗れました。
鮫腹=「喜多方ラーメン」はこの土地にとどまっていればよかったんだけど、ひと頃のラーメンブームで調子にのって全国に遠征しすぎた。ラーメン激戦区の東京などは日本中のうまいじゃなかった強いラーメンが集まってきてますからなまじっかなことでは太刀打ちできない、というのが本当のところです。福島は「喜多方」を出すなら「白河ラーメン」で行ったほうがよかったという意見も聞きます。
主催=Bブロックはどうですか。
鳴門=ここはAブロックよりツワモノ【揃/ぞろ】いだな。山形の「冷しラーメン」が「いなにわうどん」に負けたのは非常に残念だけど。
鮫腹=よく「冷しラーメン」は「冷し中華」と混同されるけど全然違うのね。「冷しラーメン」は熱い普通のラーメンをそのまま冷やしたようなもの。「冷しワンタンメン」もいけますよ。まあまだ試合経験が少ないから仕方ないかも知れないですね。でも四年たったら堂々たる東北代表になれるかも知れない。特に夏に強いから全国レベルでも活躍できると思うんですよ。
主催=「酒田ワンタンメン」が東北の優勝候補と言われた古豪「いなにわうどん」を破りましたね。これはどうですか?
鳴門=酒田は「ワンタン」をそれぞれの店が手打ちしている。秘密の極薄づくりの手法があってMという店では一キロの生地から六百五十メートルも延ばしている。その薄さは新聞紙の文字が透けてみえるほどだからね。だからここのワンタンの【雲呑感/くものみかん】は本物。ワンタンとしては日本一と言っていいだろうね。四年たったらこれも東北ブロック優勝候補ナンバー1ですよ。
主催=東北からのこのふたつの代表校じゃなかった(すぐまちがえちゃうのね)代表麺は納得できると。
鳴門、鮫腹=そうですね(うなずく)。豪快味噌煮込みうどん対新興台湾ラーメンやはり激戦が展開された関東甲信越は各地区の予選を勝ちぬいた八つの麺がひとつの代表権を競った。このブロックはその試合模様を伝える連盟機関紙の観戦レポートをそのまま掲載しよう。
《くじ引きで決まった組み合わせで試合展開がかなり左右される関東甲信越ブロックは個性豊かな出場麺が出そろった。
一回戦の横浜代表「サンマーメン」対新潟代表「へぎそば」はどっちが勝ってもおかしくない実力者同士の対決だったが、それまで日本ソバの優勝がないので日本【蕎麦/そ/ば】協会や全国地蕎麦愛好家倶楽部などの組織が大挙応援動員をかけたことも奏功して「へぎそば」が僅差で勝利した。
そのいきおいを得て山梨の「ほうとう」と対戦した「東京そば」も快勝した。同じく東京代表の「つけめん」はこのエリアで優勝候補の呼び声高かった「横浜の【家系/いえけい】ラーメン」とぶつかったが、同じ中華系とはいえ家系の【寸胴/ずん/どう】鍋から見え隠れするゲンコツ出汁や丼からはみだす大判【海苔/の/り】三枚、厚いチャーシュー、ほうれん草などの豪華打線に圧倒され、いいところをみせられないまま敗退した。
あっさり味の「東京ラーメン」は一回戦で新潟の「イタリアン」という茶髪赤髪選手の多いところと対戦した。フォークで食べるミートソースのかかった焼きそば、というトリッキーなヒットアンドアウェー戦法にやや苦戦したがなんとか勝ち抜いて二回戦で横浜の家系と激突。
もう一方のブロックは「へぎそば」が軽いフットワークで決勝進出。激闘の末横浜を破って勝ちあがってきた「東京ラーメン」とぶつかった。
正統派の新潟「へぎそば」と、やはり正統派あっさり味の東京ラーメンの対決は予想どおり双方一歩もひかない好ゲームを展開した。
しかし「甲子園に日本蕎麦を!」の旗指し物を振り回し、お揃いの作務衣姿の大応援団の声援むなしく横浜を破って自信をつけている「東京ラーメン」に「へぎそば」は玉砕した
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《東海中京地区はいずれも個性豊かな代表七麺によるトーナメント。話題になったのはそのうちの過半数をしめる五つの出場麺がすべて名古屋在籍であることだった。そのため全麺全喰連に他地域から「いかがなものか」という疑問の声も多数あがったが、このブロックトーナメントの主催者の大半が名古屋人であり「うみゃあもんがどえりゃあそろってせわしくていかんわ」のひとことで意味もなく一蹴された。
その名古屋の新興勢力「あんかけスパゲティ」は一回戦で信州から越境出場の伊那のクセモノ「ローメン」と対戦したが、単なる汁かけ焼きそばの【範疇/はん/ちゆう】をでないローメンは、あんかけにソーセージやトンカツやエビフライなど脈絡なくいろんなものをまぜてくる「名古屋スパ」の見さかいのないでらうま攻撃に苦しんだ。さらに試合後半には小倉スパ、甘口メロンスパ、しるこスパなど反則すれすれのめくらまし作戦を開始し「ローメン」は再起不能近くにまで追い込まれ【悶絶/もん/ぜつ】負けした。
同じ名古屋同士の対決ということで注目された「カレーうどん」と「台湾ラーメン」は予想どおりの激闘となった。
「台湾ラーメン」は唐辛子をいっぱいいれたタンタンメン系。台湾ラーメンとはいえ台湾にそういうものはなく純粋な名古屋産。あまり辛いのでその辛さを半分に薄めた「台湾ラーメンのアメリカン」というのもあるというよくわからない準国産多国籍風激辛麺なのである。
「カレー」というある意味では単純な辛さ勝負にうち勝って「台湾ラーメン」は準決勝でやはり名古屋の「きしめん」とぶつかった。しかし名門「きしめん」も強烈な「台湾ラーメン」のヒーハーヒーハー攻撃の前にいいところなく屈辱の敗退。
シードされた強豪「味噌煮込みうどん」は相変わらず変則攻撃でくる「あんかけスパ」を地元の余裕で無難に勝ち抜き、ついに癖のある「台湾ラーメン」と決勝初対決となった
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