鈴木浅右衛門
その足で仙台駅のそばにあるエスパル地下の『みやぎ乃』に行った。
ここには白石市の「うーめん」がある。うーめんも立派な出場資格があります、と麺の甲子園審議団から強い意見が出ていたのである。
「のう三太夫。うーめんとはどんな味がするんじゃ」
「とにかくうーめえんでござる」
今泉三太夫がお約束通りの返事をする。
小あがりに我々の席ができた。その隣に仙台の幼稚なガキカップルがすわっていてけっこう広いテーブルをはさんで向かいあった位置から顔をくっつけてぐちゃぐちゃしている。おまーらどういう態勢をとったらそんなコトができるんだ。不思議だが、しかしうーめん屋で仙台の青少年はそんなふうにぐちゃぐちゃするな! 日本はバカ豊かな国だからおまえたちバカ若者はその気になればもっと本格的にバカぐちゃぐちゃするバカ場所がいっぱいあるではないか。もうこうなったらおまーらはうーめんなど食わないでさっさとそういうところにいってヒト目に触れないところでとことんまでぐちゃぐちゃしていなさい! などと怒っているうちに我々のうーめんがやってきた。

初めていただくものである。うーめんの冷や盛りを頼んでしまったのでせっかくの「温麺」のあたたかーい持ち味が異なってしまうようだが、しかしこのきっぱり冷えたうーめんがうまい。いや間違えたうーめえんだ。
まず麺そのものがいい。シンプルでいながら懐が深い。天ぷらをのせて食べると「いやはやまいりました」と手をつきたい心境になった。
うーめんは、その昔、白石城下に住んでいた鈴木浅右衛門という孝行息子が長い病に臥(ふ)せって何も食べられなくなった父親のために何か父親が食べて力のつくものはないかと必死に捜し求めているときに、たまたま旅の僧から油を一切つかわないうーめんのつくりかたを聞いてそのとおりにつくり、父親を全快させたのがコトの始まりという。
その次にきた「カキうーめん」もうまいのなんの。「ガキうーめん」ではなく「カキうーめん」ね。つくづく感心していると隣のガキカップルはからみあいながらうーめんを食っている。
「あのなあ、おまーら。おまーらの住んでいる仙台にはむかしむかし鈴木浅右衛門という人がいてな……」
ガキカップルはからみつきあいながら二人して複雑なところから手を出してうーめんをすすりながら言った。
「うーるせんだよ」
すいません。
ひとりわんこ
翌日早く盛岡へ。ここで東京から直行してきた麺の甲子園審議官の楠瀬と合流した。電話で聞いていたとおりステッキをついて痛々しい歩き方。持病の痛風が出てしまったのだという。二年ぶり、四回目。ほぼ介護求む老人と化した楠瀬をいたわりながら「東家」に行った。
盛岡名物「わんこそば」の老舗である。
二階の席に通された。用意のエプロンをつけてすぐに試合開始。タスキをかけた中軽米(なかかるまい)さんという炊いたらおいしそうな名のおねえさんが片手に二十杯ぐらいのわんこそばをのせたお盆を持って「ハイヨ!」「じゃんじゃん!」「まだまだ!」とまことに威勢がいい。椀の中には一口ぐらいのそばが入っていてうっすらと味がついている。これを「さあこい!」と言って口の中にほうりこみ飲み込むようにして食べる。空いた椀に○・二秒ぐらいでおかわりが入ってくる。急がなくてもいいのだがタスキがけのお姉さんに「ハイヨ!」「じゃんじゃん!」と言われてしまうとじゃんじゃんいかなくてはならないような気持ちになる。でもそんな餅つきのリズムでじゃんじゃんいってしまうと本日はこの店一軒で終わりということになる。

この椀十五杯で大体普通のモリソバ一杯ぶんぐらいになるというので二十杯ぐらいでギブアップ。(グラビアの写真は佐藤カメラマンのやらせで大袈裟に椀が積まれている)
普通は大人の男で五、六○杯はいくという。この店の最高は四百二十杯。「わんこそば全日本選手権」というのがあって最高記録は五五九杯という。
かえりがけに隣の部屋でひとりわんこをやっている小太りのおたくっぽい青年を見てしまった。「わんこおたく」だ。背中を丸めひたすら食っている青年の前にたちはだかったタスキ姿のお姉さんが攻めたてている。「ぼくもう……」「だめだめ!」「ひいひい」「はいよ!」「ひいひい」「まだまだ!」。
完全なるぐちゃぐちゃ系
このわんこそばと「じゃじゃ麺」「冷麺」が盛岡三大麺と言われている。つまりは東北屈指の激戦地。
続いてそのじゃじゃ麺の「白龍(パイロン)」に行った。もう昼近いので行列ができている。なんと雪が舞ってきた。「粉雪舞い散る荒野のじゃじゃ麺」だ。むきだしの手が冷たい。
じゃじゃ麺は皿の上の茹でたばかりのくたっとした腰のないうどんにキュウリ、長ネギ、おろしショウガをかけ、肉味噌をくわえて全体をぐちゃぐちゃにまぜ、塩、コショウ、酢、ラー油、おろしニンニクなど好みの調味料を好きなだけ投入して好きなようにまたぐちゃぐちゃにして食べるという完全なるぐちゃぐちゃ系である。
食べおわると卓上にあるタマゴを割りいれて「ハイ」と言って厨房に差し出すと熱いスープを入れてくれるのでそれが仕上げ。このとき皿に少しだけうどんやキュウリのかけらを残しておくのが通らしい。
味のアクセントは皿のあちこちにこびりついた肉味噌である。見たかんじちょっと汚いが、なに自分の残りを自分で始末するのである。
続いて「冷麺」へ。これは盛岡にくるたびに食べているので駅前の二大食堂の味はよく知っている。そこでまだ行ったことのない「三千里」へ。狭い店にヒップホップ系のBGMがガンガンなりひびいていてやたらにうるさい。「冷麺に似合わんじゃろが」「せわしなくていかんわ」「まちがっとるけーのー」審議官はいろいろなお国言葉になってそれぞれ黄色いカードを掲げ二○点減点。
「音楽低くしてくださらんかのー」と頼んだらすぐに下げてくれたのでたちまち一○点復活。やがて登場した「冷麺」がうまかったのですぐにもう一○点復活。
しかしそれにしてもまたもや「盛岡冷麺」の堂々たる底力を知らされた。味、腰、コク(投、打、走)に文句のない仕上がりである。
垂れさがるもの
再び新幹線「はやて」に乗って八戸へ。目的の場所みろく横丁に直行した。ここにはラーメン屋や飲み屋の屋台が集結しており「浜ちゃんラーメン」という店に日本唯一の「ホヤラーメン」があると大会役員が聞いていたのだ。屋台に引き戸がついたような小さな店にお姉さんが二人。
ホヤと聞くと本当のホヤのうまさを知らない人はすぐに「ええ? ウソー」などと幼稚園声をあげるが、いちど三陸の夏のホヤを食べてみなんせ。こんなにうまい酒の肴はないですよ。
日本だけではない。ほんの二月前にシベリアの北極圏でホヤを常食にしているユピック(シベリアエスキモー)の取材をしてきたばかりだが、彼らは氷海に穴をあけてホヤをとり、茹でたりサラダにしたりスープにしておいしく食べていた。日本は恵まれすぎているのでこういう本当のうまさを知らないだけなのだ。

あつあつのホヤラーメンをすする。あまくてやわらかい海のかおりがする。
「のう三太夫。うまいじゃろうが」
「これがホヤとはホヤいかに」
「三太夫はぎゃぐがへたじゃのう」
「ホヤホヤホヤ」
「笑ったつもりかのう」
ふたたび三太夫を手打ちにして、レンタカーで田子へ。
「ホヤの次はタコでござる」
血だらけになりながら三太夫がくいさがる。しかしタコと書いてタッコと読むらしい。秋田県と岩手県の県境あたりまでまた戻ってきたのだ。「にんにくの首都」という看板がある。「田子(たつこ)町にんにく国際交流協会」というなんだかものすごい組織の上平会長が「かっけ」を作ってくれることになっている。かっけとはなにか。
小麦粉と蕎麦粉を使うものがあるがどちらも麺と同じ製法で作り、薄く延ばしたのを細くしないで三角形の、ワンタンかギョーザの皮のようなものにして茹でて食べる。むかし食糧事情が悪く米などなかなか手にはいらなかった時代に隠れるようにして作った一種の代用食のような郷土の料理らしい。
この地方にしかないもので、世間にあまり知られていないが、土地の人には愛着のある食べ物のようでこのあたりだけで流通しているパック入りの既製品もある。
その日は大根、豆腐と茹でて味噌をつけて食べるというやりかただった。なるほどひっそりした食べ物であり、昔は侘しかっただろうが、今は健康的でさえある。痛風で魚や大豆やカツオブシや煮干しダシなど食べてはいけない楠瀬にはぴったりの料理でもある。
「しかし、これも麺と呼べるのだろうか」
「なんとなく麺ですなあ。口から垂れ下がるし」
麺の規定に「垂れ下がり率」という新しい基準ができた。
(次回は東北・日本海側地区大会)