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みなさん、こんばんわ★

惑星ニビルかプラネットXは現在も楕円軌道上を太陽系に向かって周回接近しているのでしょうかしらねw 東京では周囲のビルが高く星さえもはっきりとは見えませんが、12月になると月のように赤いニビルが見えるといわれていますが、本当に見えるのでしょうか・・!?
あと2ヶ月!もうすぐなんですが。。まだでしょうか?(・・;)

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マーシャル・マスターの著書「CROSSING THE CUSP」によると、2008年9月28日Youtube「DNIr4808n」というスクリーンネームの方が、南極望遠鏡でとらえた惑星ニビルの映像をアップロードしていたのだそうです。しかしそのアカウントは何らかの理由でその後すぐに閉じられてしまって現在は残っていないようです。が、マーシャルマスターズはこのオリジナルをダウンロードしていたといいます。

http://yowusa.com/planetx/2010/planetx-2010-09a/1.shtml

ニビル予測によると2012年12月21日、計算上冬至に当たるマヤ暦の長期暦が終わるこの日、惑星Xは黄道面と交差し、太陽との活発な電気的活動の最盛期に入り相互作用を引き起こしはじめるそうです。ニビルは第二の太陽のように赤色として観測されるようになるだろうとあります。

さらに惑星Xは2013年2月14日に近日点に到達。
太陽とニビルの間の電気的相互作用はマックスになり、スーパーボルケーノの噴火や地球の地軸のズレなど変動があるかもしれないそうです。このとき太陽と惑星Xとの距離は2.85AUだそうです。




Nibiru-PlanetX SPT Photographs May 22 2008.mov



私個人としてはもし惑星ニビルが太陽系に本当に接近しているのだとしたら、必ずニビルからエンキとその伝説に関係するヒューマノイドがやってきて、シュメールの真実を告げてくれると信じているので、あまり悲観的で滅亡的なことは考えておりません。
大洪水があったとしても水の中で呼吸ができるタブレットがもらえるはずですからね!



日本でも街やお店はハロウィンデコレーションで賑やかになってきました♪

ハロウィンの起源について、ナショジオに記事がのっていたので紹介します。


ハロウィーンの原型、古代ケルトの祝祭

 カナダ、ノバスコシア州アンティゴニッシュにある聖フランシスコ・ザビエル大学の教授でケルト研究が専門のケン・ニルセン氏によると、ハロウィーンの前身はケルト人による「サーウィン(Samhain)」という新年を祝う行事で、記録を見ると非常に質素なものだったという。

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「古代のハロウィーンの様子を示す記録が無いため、数百年前まで続いていた風習に基づいて推測するしかないのだが」。ネルソン氏は2008年のナショナルジオグラフィック ニュースの取材でそう話している。

しかし、現在のフランスのコリニーで1890年代に発見されたケルト人の青銅製の暦の分析から、サーウィンは少なくとも2000年前には既に行われていたことがわかっている。それは、収穫と狩猟が一段落する時期にケルト暦の1年の終わりを祝う祭だった。

 祭りに合わせて牛などの家畜を解体して皮を剥ぎ、祭りの期間中はその皮を身に付けて儀式を行ったと言われている。キリスト教以前の原始的な自然崇拝に関連した祭りであった可能性が高い。

 古代ローマには、現在のドイツとフランスに当たる地域に住んでいた一部の部族が賑やかな儀式を行っており、その儀式では動物の霊と交流するために獣の首や皮をかぶって扮装していたという記録が残っている。

 このケルト人の祝祭儀式の、かがり火を焚き動物の皮をかぶる慣習は近年まで残っていたとネルソン氏は指摘する。「このような儀式が、アイルランドとスコットランドの聖マーチン祭(11月11日に行われる聖マルティヌスを記念するキリスト教の祝祭)で行われていたことは確実で、これが古い暦ではハロウィーンに当たるものだったのだろう。家畜に余剰があることもあっただろうから、動物を殺すのも理にかなっていたと言える」。

 サーウィンは、死者を偲ぶための夜でもあった。その夜、死者の霊は生者と共に過すと信じられていたのである。ここでも儀式の詳しい内容は不明だが、数百年前には、サーウィンで家族が先祖のために食事を供え、時には食卓まで用意していたという。

 さらに、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校ケルト研究センターのベティーナ・アーノルド氏によると、サーウィンの夜には人々が変装し、いたずらや大騒ぎをしていたという。同氏は、「Halloween Customs in the Celtic World(ケルト世界のハロウィーン衣装)」と題した小論の中で次のように述べている。「若者たちは死者の霊に扮するために、マスクやベールを被り、あるいは顔を黒く塗り、白い装束や藁(わら)で変装した」。

 このような扮装の目的は、祭りで騒ぐ人々を邪悪な霊から守ることだけでなく、訪れた家の住民をからかうためでもあった。スコットランドなどでは、死者に扮して騒ぐ人々が、食べ物を要求しながら家々を回る習慣があり、これが現在の「トリック・オア・トリート(お菓子をくれないといたずらするぞ)」の原型となった。

 前出の聖フランシスコ・ザビエル大学のニルセン氏は、「当時の扮装には顔を黒く塗るなどしたものが多く、これは幽霊や悪霊を表現していた」と語る。

 ウィスコンシン大学のアーノルド氏の論文によると、サーウィンでは生者と死者の境界が消え去っていたのと同じように、男女の境界も無くなっており、若い男性は女装し、女性は男装していたという。例えばウェールズでは、ハロウィーンに女装していたずらする若い男性の集団は“鬼婆(hags)”と呼ばれていた。またアイルランドの一部では、古代ケルトの生殖の象徴であるレア・バーン(Lair Bhan)という白馬の扮装をした男性が、サーウィンで集団を率いて賑やかに行進していた。

 キャサリン・クラーク氏は著書「An Irish Book of Shadows(アイルランドの影の歴史)」の中で、レア・バーンの衣装は、白い大きな布と木製の首で作られていたと述べている。「中には精巧に作り込まれた首もあった可能性がある。扮装する男性は首の人形全体を肩に乗せ、あごを操ってカタカタと動かしていたようだ」。

 サーウィンの衣装は多くの場合、くりぬいたカブの中にろうそくを灯したランタンが付き物だった。後にこの習慣はアイルランド系移民によって北アメリカに持ち込まれ、新大陸原産のカボチャを使った丸っこいランタンとして再現されることとなる。

National Geographic



アイルランドとスコットランドで暦でサーウィンの日(11月11日)、聖マーチン祭の儀式が行われていたとありますが、そこはおそらくケルト族にとっての聖地に関係するはずです。

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パワースポットとして有名な「タラの丘」

ケルト族がアイルランドに居住した時代には既にタラの丘は何らかの聖地として用いられていたそうです。

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http://www.stonepages.com/ireland/tara.html

ここは古代、王を決める際のご神託がなされたという聖なる場所。
最もよく知られている歴史は6世紀まで続いたタラの上王の居住地としてで、王の即位は立石の前で行われたそうです。
伝説で有名な「運命の石」は、王になる者のみに石が反応を示したそうです。


毎年11月8日と2月4日に日光が差し込むよう設計されており、これはケルトの祭日と一致する。ケルト族がアイルランドに渡来すると、ミース王がタラの丘から全アイルランドを支配した。



アイルランドの神秘な古墳 ニューグレンジ

アイルランドに残っている巨大な古墳には、5千年の秘密が隠されている。

http://www.nationalgeographic.co.jp/video/video_title.php?category=3&embedCode=d0azExOhIsHiXHHLDAG1e9ofGtLgHXAp&class=524288


石器時代から残っている5千年前に創られた神秘的な遺跡。
古代の建造物は死者が埋葬されるだけの単なる墓ではなかった。
驚くべき秘密が隠されていたことがわかった。
冬至の日を計算されて設計されていた。
入り口から差し込む太陽の光が、墓室へと続く18メートルの通路に差し混むことがわかった。
冬至の日の出を計算されて造られていることは間違いないと考古学者は話している。
埋葬の場所であったと同時に何らかの儀式の場であったと考えられる。


ケルト暦の新年にあたる頃は、とてもすごいエネルギーが感じられるそうです。

現在では10月31日がハロウィンとなっていますが、11月8日から11日あたりはケルト民族にとっては今でも伝統的な儀式が行われるのかもしれませんね。

http://www.mythicalireland.com/ancientsites/tara/index.html

マヤ族とケルト族が語る秘境的な伝説や遺跡の象徴など、共通することがとても多いと感じています。
その中の1つが「死者」に対する考え方や儀式です。
マヤでもセノーテの泉の奥底には遺骨が見つかっていますし、洞窟が儀式として使われていたこともわかっています。

マヤでは死者の日は11月1日で、祖先や墓の周りを飾り立てて祝うのだそうです。
死者の日を祝う伝統の意味は、自分自身の過去やそこにいるすべての人たちを赦す愛の行為だといいます。
霊的な炎で不滅な魂を思い、人類を気づかうという心を育てることがマヤの魔術的な死者の儀式なのだそうです。

そんな共通する概念をハロウィンやサーウィン、マヤの死者の日を通して思うことは「死者の肉体は死しても魂は死にあらず。」ということ。

この時期「死」ということを深く考えてみて欲しいですね。


★ケルティック・ウーマン(Celtic Woman)
アイルランド出身の女性5人で構成される5人組の音楽グループ。(ツアーやスケジュール等によりメンバーが変遷)

2006年2月に行われたトリノオリンピックのフィギュアスケートで金メダルを受賞した荒川静香が、エキシビションで「ユー・レイズ・ミー・アップ」を使用し、日本でケルティック・ウーマンが知られるきっかけになりました。

彼女たちの歌声や伝統的な音楽は、ケルトの世界観を味わわせてくれます♪



http://youtu.be/ZmlQSxK3J6o



http://youtu.be/HsCp5LG_zNE