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24日のきょうは聖夜ですね。
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キリスト教を信仰していなくても、日本人は正月同様クリスマスを賑やかに祝って盛り上がりますね。
日本人らしいといえばらしいですが・・(笑)
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欧米諸国では相手がクリスチャンなら「メリークリスマス♪」とキリストの生誕を祝してメッセージカードを送りますが、ノンクリスチャンには「シーズンス・グリーティング」という季節を祝うカードを送ります。
気にしない人もいますが、ユダヤ教やイスラム教、仏教などたくさんの宗教が混在している国では、気にする人もいるのは事実。
宗教より空気を読み取る日本人にとっては、どっちでも同じように感じるかもしれませんが、結構違います(^_^;A

私は中学のときに洗礼を受けた一応はクリスチャンなのですが、キリスト教聖典の言葉や愛と真理については神秘を体験していますので信じてはおりますが、宗教としてのそれはもうぐちゃぐちゃなのでやめました。

だからイエスの誕生というクリスマスは嬉しいですが、象徴的意味において祝ったり家族との団欒においては楽しみますが、ノリと雰囲気で楽しむクリスマスは卒業しています。
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でも教会のクリスマスミサや礼拝はすごいですよ!
やっぱり盛り上がり方が違います。
なにしろイエス様がお生まれになった!と救世主の誕生を祝っているわけで、それがなければキリスト教は成立しないわけですから。
なので本当のクリスマスを体験してみたいなら、信仰するしないに関わらず「教会」へ行くことを私はお勧めします☆

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ところでアセンションについて少なからず学んだり体験した方ならご存知だと思いますが、キリストはアセンデッド・マスターですね。

つまりアセンションをした人間としての先駆者・導師なわけで、その様子は聖典や外典を読めばあちこちに描かれています。

象徴体系や神話を学んでみると、イエスキリストは私たちが思っているような「人」ではなく「象徴」であることがわかります。人としてのイエスは愚か者で、キリストの神話としては不朽です。イエスはゴルゴダの丘で十字架にかけられるという磔刑を経験させられます。そしてその苦痛が極限に達したとき、十字架上で彼は叫びます。

『エリ、エリ、レマ、サバクタニ』(我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか)と。
神話の中ではアーサー王もイエスも「死」を通して英雄としての称号を与えられます。

歴史の闇に封印されて1700年ぶりに復元されたといわれる「ユダの福音書」を読むと、イエスとユダの秘儀が書かれていて、救済についての考え方やイエスの使徒との関係についての神秘も描かれているのでとても参考になります。

ユダはイエスが心を許した一番の側近で、充実な愛弟子です。そしてイエスが天の家に帰るため(アセンションするため)に、イエスを死(ゴルゴダの磔刑)へと引き渡した人物です。

イエスが天の家に帰るためには、肉体の死は免れません。そして天の家とは、この世界を超越した真の王国であり、この世つまり物質世界という肉体ある牢獄を逃れて「神性な要素を宿している人々が行き着く場所」なのです。
また、いわゆる全てのクリスチャンが目的としている「救い」についても、教義が語っているものとは少し違っていて、天の王国に属する人々は、地上での時を終えると、肉体は死として滅びるがその人のプネウマ「霊」「魂」は死ぬことなく、天へと引き上げられて天の家に戻る、と書かれています。

天が授けてくれる啓示を知ることは、秘密の知識を学ぶ事でもあります。
その1つがユダ。
ユダは12人の使徒から外されています。12という数字の外にいるわけです。
そしてイエスはユダを「13番目」と呼びました。
ユダの福音書では「13」は幸運をもたらす数字。

マヤの暦でも「13」はアセンション数。
1から始まった13までのピラミッド暦の数秘サイクルです。

西洋占星術では人々の希望を打ち砕くクロノスの教師である土星が、クリスマスイブの24日に蠍座から射手座に移動したそうですが、蠍座の皆さんはお疲れさまでした。油断はできないようですが、ここはしばしの休憩を♪
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さてイエスとアセンションについて、ダイアナ・クーパーの「アトランティスカード」がとっても役に立ちますので、よかったら秘儀を学んでみてはいかがかしら?(^_^)

本日24日、マヤ暦で診断する2015年の占いが掲載されました!
さて・・と、来年はいったいどうなることやら。汗

「マヤ暦で予測する、2015年の世界」リンク

皆さん、こんにちわ☆

クリスマスまでマヤ暦ではあと「1ウィナル(20日)」となりました♪

クリスマスはキリスト教の宗教的意味合いより、今は文化的イベントとして私たちの年末行事を楽しく彩ってくれるものとなりましたね^^!
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この時期になると占いのお仕事はとても忙しくなります(^_^;)

来年の年運を予測したり運勢を占ったりしますし、私の場合はマヤ暦のカレンダーを作成したり守護者ナワールたちの動きを調べたりと、猫の手も借りたいほど・・(~_~;)笑

そんなとき買い物途中の街中で、クリスマスのデコレーションを目にしたり音楽を耳にしたりすると思うことがあります。

「キリストに出会えて良かった!」
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これは宗教的なことのみを意味していません。


キリストといえば「求めよ、さらば与えられん」という有名な言葉があります。
この言葉にはキリスト教には隠されているもう一つの教えがあります。

秘蔵の奥義とされる神の学問「錬金術」をご存知でしょうか。
とても深い意味のある教えです。
錬金術を学ぶ過程を通じて、卑金属(無知なる人間のメンタル体)は純金(知恵・ソフィア)に変容されていきます。
地上界の金属に喩えられる人間の意識は、卑しい動物的欲望から純粋な金色に輝く神性な意識へと変容し、啓示をうけ、救済され、そのなかに「神」を顕現し、きらめきから高貴な栄光へと輝く「存在」に変えられていくといわれます。

◆錬金術について詳しくはこちらに「錬金術~古代秘蔵の学問~」

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私が錬金術について興味をもったきっかけは、ユングの無意識の心理学について学んでいた時です。
ユングは無意識にみられる象徴的元型について述べるとき、錬金術や神話、シンボルといわれるものの中に象徴的意味を探し出し、言及していたからです。
ユングにとって変容する意識の経験は驚くべきものだったからです。

まだ錬金術についてよくわからないとき、私は次のような文章に出会いました。

「ラビたちが保持してきた太古からの伝説に従えば、エデンの園の出口で、天使はアダムにカバラと錬金術の奥義を授けました。人類がこれら神の啓示によって与えられた秘術の知恵を完全に修復すれば、禁断の木の実の呪いはとかれ、再びエデンの園に入ることができると約束しました。」

エデンの園から追放されてしまった人間が、再びエデンの園へ戻ることができる!?
何という魅惑的な言葉!
単純な私はそれはすごい!と思ってしまったわけです。

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そして錬金術に埋もれている宝物探しが始まったのです(*^^)v

「薔薇十字団からの手紙」というものがあります。
これもまた不可思議で象徴的な言い方をしていますが、錬金術の寓意図の謎を解明するために助けになるといわれているものです。
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「誰しもが当然のことながら『金』や『銀』(叡智と魂)の宝物を獲得し、世の人々に偉大と思われることを欲する。神は人類に役立つものすべてを創り給うた。人間がそれらを支配することによって、神の比類なき善と無限の力をそこに認め、神の恩恵に対して感謝し、神を崇拝し、讃えることができるようにするためである。しかしこれらの宝物を捜し求める者はひとりもいない。人生を愚かに過ごすばかりである。 探求に先立つ労苦や危険なしに、人間はその『宝』を享受しようとする。 『神』が蔵した『場所』からその宝物を見つけ出そうともしない。神もまた人間がそれらを捜し求めることを期待しているのである。捜すものは与えられるであろう。・・・この『場所』も、そこに至る『道』も長いあいだ人々に知られることなく、世界中の大部分の人々に対し『秘密』にされてきた。この道と場所を発見することは、困難であり、労苦に満ちた業である。しかしそれでもなお、その場所は探求するに値する。」


この文章を人生の心の旅路について思いを馳せながら読むと、理解しやすいかもしれません。
私は宝を探し求めながら「錬金術の寓意図占い」までつくっちゃいました~♪

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クリスマスに秘められているもの・・
それは希望と救いの光、そしてサンタクロースからのプレゼントの中に隠されているなのかもしれません!