2011年 09月 30日 ( 1 )

死海文書がついに!

死海文書がデジタル公開されることになりました^^!

「古文書」が現代に復元、復活!と聞くと、魂が震えるほどわくわくします。

イエスが語った秘密の教えで「禁断の書」ともいわれた異端の“聖書”「ユダの福音書」原典が出版発売されたときは、あまりの喜びですぐ購入してしまいました。
b0213435_13473597.jpg

イエスを裏切った者として知られているイスカリオテのユダのことはご存知かと思います。
苦難を受けるべく運命づけられた「ユダ」は「13番目」でした。そして他の弟子たちから罵られ、12人の弟子のグループから追放されてしまいます。
イエスはユダを「13番目の精霊」と呼んでいました。
そして「ユダの福音書」でイエスはユダに秘密の啓示を伝授しています。

「あらゆる人間の世代の魂は死ぬ。しかし、これらの人々は、地上の時を終え、霊がその人たちから去る時、肉体が死ぬのであって、その魂は死なず、天へと引き上げられる。」(43)
「『来なさい』、いまだかつて何びとも目にしたことのない『秘密』をお前に教えよう。それは果てしなく広がる御国だ。・・」(47)

グノーシスの思想は、原始キリスト教にも関わっている思想で、聖典では異端扱いされてしまいましたが、外典や偽典、異端書と呼ばれている書物の中には多く見られるものです。
「人間行動の理想は、闇の汚れからの自由である。そして光の闇からの自由は、光の光としての自覚を意味する」

そこに広がっている思想や教えは、宗教の根元にある世界観やスピリチュアルの根本にあるものだと思います。

死海の北西岸「ワーディー・クムラン」には、たくさんの洞窟がありました。
そして1947年に発見された巻物は7つ。さらに別の洞窟からは大小あわせて800種以上もの写本が発見されました。それらは紀元前300~200年頃のものもあったそうです。

調べてみるとこの「死海文書」を残した党派は「エッセネ派」と呼ばれ、アラム語の「イッスィーン=治癒者」に由来する一派でした。
彼らは政治の中心地であったエルサレムから亡命し、紀元前2世紀の初め頃にクムランに彼らの基地を置き、新しい共同体として生活を築いていました。
ところが紀元前30年にエルサレムで余震があり、31年にクムランで大地震が発生し多数の死者が出たと記録があります。おそらく彼らは聖なる教えを後世のために保存しようと必死だったことでしょう。災害の直前に数々の写本蔵書を近くの洞窟の中に隠したのではと考えられています。

地震のあと、ヘロデ王の治世下でローマ軍がエリコを占領し、将軍が死海を訪れてクムランを攻撃し、爆破・破壊させたことで廃墟となってしまいました。

ナグ・ハマディ文書やダマスコ文書、クムラン写本群、そして死海文書は、マヤのカレンダーや遺跡、写本群と同じように大地が守ってくれていた古代の叡智です。
b0213435_1349758.jpg

死海文書は聖書の歴史にとって重要なものだと頻繁に書かれるため、「死海文書の作者は地球外生命だ」といった、様々な陰謀説もささやかれています。

死海文書(Wiki)

死海文書5巻をネットで公開 グーグルで検索・翻訳が可能に (CNN.co.jp)
b0213435_1353910.jpg

ウェブサイト:「The Digital Dead Sea Scrolls」デジタル死海文書