お母さん

みなさん、こんばんわ。

今日は「母」のことを書いてみようと思います。

私は小さい頃から「母」が大好きなのに大嫌いでした。

母自身が甘えることを知らずに育ったせいか、子どもに甘えられるのが苦手だったようです。
母に抱っこしてもらうため、気をかけてもらうため、優しくしてもらうためには「理由」がないといけませんでした。
「おなかが痛い」「転んじゃった」「これやって」・・・というふうに。

私には弟がいてそれは甘えるのが上手でしたから、私が理由を考えているあいだにちゃっかりと母の膝に座って遊んでもらっていました。

甘えたいのに甘えられない欲求は、子ども心に自己犠牲の策略をねっていたように思います。
「おかあさん、おなかがいたいよ。胃がいたいよ。。」というと、とにかく優しいのです。
背中をさすってくれるし、おかゆをつくってくれる。
怒らないで優しい言葉をいってくれる。
そういうとき、お腹は本当に痛いのですが、幸せでした。

私は大人になるにつれて強い女性になっていきました。それはどこかで母に認めてもらうため、でもあったと思います。
負けん気が強く、強情で意地っ張り、努力家でまじめな気の強い母でしたから、そうそう子どもをほめることはありません。

あれから40年以上たち、私も苦労とともに人の親となって人生修行道を歩んでいます。
それでもなぜか母と私の関係はかわらないのです。

母に優しくしてもらうために、食事に連れて行く、母の愚痴を聞いてあげたり、ちょっぴりプレゼントをしたりしながら、母の愛のおこぼれを今でも喜ぶ自分がいるんですね。

先日、不整脈と心臓発作で夜中に呼吸が苦しくなりました。
子どもたちが母に連絡をし、かけつけてきてくれました。
救急車にのって病院へ向かいましたが、さすがの私もそのときは死を覚悟していました。

しかしマヤの神々が私の「生」を守ってくださり、生還することができました。

少し落ち着いてきたとき、ベッドの右手には娘が座り、左手には母が座っていました。
娘は心配で泣いていましたが、私の声を聞くと安心したのか手をぎゅ~っと握っておりました。
すると左横では母が、私の肩を一生懸命さすっていました。

「いいよ、子どもじゃないんだから。。だいじょうぶだよ。もう」といいました。
すると母は「子どもだよ。いくつになってもあんたは私の子ども」といいながら、ずっとさすっています。
嬉しくて安心して眠ってしまいました。

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私はずっと母の性格が嫌いでした。
でもやっぱり母のこと大好きだったんだなって、思います。

今回の大地震のあとに母はいいました。
「私たちは戦後を経験してるし、先も長くないからどんな地震があっても原発のことも何とかなるよ。でも、あんたと子どもたちは生きていかなくちゃいけない。あんたが倒れたらいけないよ。子どもがさみしくなるからね。しっかり前をむきなさい」

母は強い。
そして母は偉大です。

いまは日本中のみんなが不安になってるね。
震災でお母さんを亡くされた人だっている。
喧嘩して疎遠になってる人もいるね。
上手くいかないでボタンの掛け違いをしてばかりの人もいるかもしれない。
でも、こんなときだから「母」「お母さん」を思い出してみようよ。
親に求めず、子どものほうから勇気を出して仲直りしようよ!
心に悔いを残したり、拘りを残したりしないように・・・

地球は「母なる大地」なんだもの。きっとつながるよ。

マザーアースを守るため、子どもの未来のため、私はがんばるよ!
ありがとうお母さん。

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