森薫インタビューその４　メイドへのこだわり（ヴィクトリア朝編）



【画へのこだわり】

――単行本を通して読んだんですが、５巻ぐらいから画作りがすごくなってますね。

森：ちょうどその頃、顔のデッサンの取り方を勉強しなおしたんです。これも結構最近ですが、丸ペンの使い方も覚えて。
竹本泉さんと対談させていただいた時には_＊、カブラペンだけしか使っていなくて竹本さんに驚かれたんです。ペン先を変えることで、４巻以降、細かい線が引けるようになって、描き込みすることを覚えたんです。
＊ 『エマ　ヴィクトリアンガイド』収録「特別対談！　竹本泉×森薫」


――たしかに、最初のほうを読み返すと、背景が白いですよね。

森：１巻ではいちどもトーンを削っていないんです。普通は削ってボカしたりするんですが、やってはみたものの上手くいかなくて。失敗して失敗して、ずっとやってるうちに時間がなくなって、もういいやベタ塗りで、になっただけで。
主線のタッチをこうして、背景のタッチをこうしたらどうなるか、上手くいかない……とか、試行錯誤を繰り返してるんです。

森：たとえばこれは（第50話、アデーレとマリアの入浴シーン）湯気の表現を頑張ったシーンでした。水ってどうやって描いたらお湯に見えるんだろうなあとか、いろいろやってみて。



――最終回の２話前に、なぜこの人たちの入浴シーンがいきなり出るのかと不思議でした（笑）

森：こういう感じの内容であればなんでもよかったシーンなんで、なんでもいいときには好きなものを！

――単行本３巻にアデーレが初めて登場するときにはまさか入浴シーンが出るキャラとはとても思えなくて。

森：あの絵では無理でした！　いやあ、わりと描けるようになったから。描けるようになったから、描いてみたんですね。


【後期型メイド服？】

――そういえば、エマのメイド服も途中でフリル付きに変わりますね。

森：（フリル付きもフリルなしも）両方描きたかったんです！　両方描きたかったんですが、描けなくて……。フリルを描きつつ、ベタを塗りつつ、さらにフリルを回転させるという技術が最初はなくて、まあメイド服はあとで変えればいいや、と思って。どうせ新しいお屋敷に行ったら変わるし。ロボットアニメの変型シーンみたいなものですよ。





――な、なるほど、試行錯誤を繰り返しつつ理想のメイド服に近づけていると。

森：メイド服の描き方もめちゃめちゃ変わってます。カケアミかけてみたり、斜線を入れてみたり。現在はカケアミ＋トーン＋グラデーション処理に落ち着いてますね。


【王道なれど孤高】

――そして、孤高のメイド漫画家として、誰にも到達できない領域に……。

森：わ、私は孤高だったのか。さっさと誰か来てください。来てくれないと困ります。みんなは私の漫画を読めばいいかもしれないけど、私は誰の漫画を読めばいいのか！

――メイドの人が出てくる漫画は数あれど、ヴィクトリア時代を舞台に、王道路線を歩んでいるはずの『エマ』がなぜか少数派になってしまうのはとても不思議ですね。

森：これが普通に普通だと思って普通に始めたんですけど、あれ？　なんで？　と思いますよね。まあ、でも『エマ』読んでる人がいっぱいいるってことは、みんなメイドが好きなんですよ、そうじゃなきゃそんなに売れないはず。みんなわりとメイド好きじゃないですか？　嫌いな人ってそんなにいないのでは？　これって、私の欲目？　


【森薫の考えるヴィクトリア朝の魅力】

――なぜ人はメイドに惹かれるんでしょう？

森：私の場合は、見た目とお屋敷と雰囲気と時代かなあ。やはりお屋敷ありきですね。野原にひとりで立っていても、それはそれでいいんですけど、ちょっと物足りない。時代についてもそうで、たとえば、花魁が好きな人はやっぱり江戸時代じゃないとダメだと思うんです。それと同じかな。

――だからメイドだけではなく、ヴィクトリア文化にも興味が出てきた？

森：メイドってやっぱりお屋敷の中にいて、小道具がいろいろ付随してくるものだから、そういうものがあったほうがよりよく思える。ヴィクトリア朝時代は、インテリアという概念が確立した時代だから、部屋の中が18世紀までとがらっと変わるんです。その変わる感じがとても好きで。


【森薫のメイド原体験】

――メイド好きになった原体験みたいなものはありますか？

森：昔のヨーロッパの児童文学でしょうか。お嬢さまにはお付きの女の子がいて、何かれかまわず世話してくれて、でかいお屋敷にはカーテンがだーっとかかってて。自分の頭の中で勝手に作ったイメージがあって、ああいいなあ、と。作品名を挙げるなら、『若草物語』とか『赤毛のアン』シリーズとかかな。
連載開始当初、アニメ「世界名作劇場」っぽい雰囲気だとよく言われましたが、実は小説の『若草物語』が好きだったから『愛の若草物語』を観たくらいで。続編の『若草物語　ナンとジョー先生』も観てないですね。その頃は『スプーンおばさん』とか、生活感あふれるアニメ作品が結構あった気がします。
そのころはまだ、メイドに対して漠然としたイメージしか持っていませんでしたね。メイドという役割・職業についてきちんと理解したのは中学に入ってからだったと思います。


【オススメ　ヴィクトリア朝グッズ】

――ヴィクトリア文化を知ることができるような本・ＤＶＤなどでオススメなものはありますか？

森：ユニテルのオペレッタシリーズという、最近出し直されているＤＶＤがあるんですけど、これはオペラと違って、むしろミュージカルに近いくらいに明るくて楽しい話が多いです。オススメです。
絵本では『ティリーのねがい』と『ティリーのクリスマス』。木製メイド人形のティリーがイギリスの女の子っぽい。すごく気が強くてすごく愚痴っぽいんです。これも好きです。
グラナダＴＶ製作の『シャーロック・ホームズの冒険』は見てるだけでヨダレものですよ。可愛いメイドもいっぱい出てくるし。馬車が走っているのを見てるだけで嬉しくなってきます。






次回、森薫インタビューその５はいよいよ最終回。
【メイドへのこだわり（現代編）】と題して、メイド喫茶からメイドオタク、現代におけるメイド風俗についてあれこれ語っていただきます。お楽しみに！