森薫インタビューその３　漫画家・森薫



【文化庁メディア芸術祭受賞】

――平成17年度（第９回）文化庁メディア芸術祭でマンガ部門優秀賞を受賞_＊、おめでとうございます。

森：ありがとうございます！　ずいぶん前に「メディア芸術祭に出品するよ」と聞いたきりずっと音沙汰がなくて、てっきり落選したのだろうと思ってました。すっかり済んだ気になっていたので、受賞を聞いた時はとても驚きました。
漫画の内容を考えると、自分でも不思議ですが、審査員の方たちが『エマ』を推薦してくださったのは素直に嬉しいです。賞を通して『エマ』という作品を知った方にも面白く読んでいただけるといいなと思っています。

――初連載作での受賞ということで、次回作にプレッシャーになったりしますか？

森：そもそも『エマ』は、お試しの実験連載だったんです。外伝もその延長だから、新連載を始めるならば、それはもう頑張らないと。
お試しの連載がうまくいったのはたまたまのアドバンスでしかなくて、次の連載もビームでやらせてもらえるかなあ、ぐらいのもの。『エマ』のアドバンスがあるうちにやれるだけやるしかないです。最初マイナスのすごいところから始めたから、頑張ってやっとプラマイゼロのところに来たぐらいですね。

＊　森薫『エマ』受賞コメントと贈賞理由。ちなみに、この年のマンガ部門大賞受賞作品は吾妻ひでお『失踪日記』であった。公式ページ：文化庁メディア芸術プラザ


【『エマ』の連載を終えて】

――『エマ』本編の連載を終えて、意識的には変わりましたか？

森：自分が何もわかっていないんだな、ということがわかりました。漫画下手だなあ、とか。話作れないなあ、とか。毎回毎回いろいろ新しいことを試してはいるんですが、ずっと失敗ばかりで、それなりに上手くいくようになったのがやっと最近のことですね。
ネームがちゃんと描きあがるようになったのも最終巻の途中くらい。自分の思うような画作りが上手くできるようになったのも最終巻近くでした。

――『エマ』は、森さんの成長の記録だったと。

森：４年半経って成長してなかったら嫌ですよね！（笑）　画は自由に描けばいいんだな、と最近やっと思えるようになりました。


【得意・不得意】

――さて、画面表現の話になるんですが、眼鏡を外すシーンなどを一連のシーケンス（流れ）で見せる表現を多用されていますよね……。

森：そういう見せ方が好きなんです。技術が足りないから、好きなものは上手くて、あんまり好きじゃないものは下手。流れで見せるシーンは、自分が好きだから上手く描けるんです。ページ構成だけ考えれば、だーっと一気に描けて。




――画力が向上して、自分の描きたいものが描けるようになると画面の密度がどんどん上がっていくわけじゃないですか、それってけっこう茨の道かな、と思うんですが。

森：楽しいから大丈夫じゃないですか。曼荼羅みたいに、描くことで修行しているわけじゃないし。

――逆に、自分はここが苦手、というところがありますか？

森：苦手なのは台詞です。会話で話を繋ぐってのが本当にできません。第15話「風」で、16ページをほぼ１シーンの台詞だけで構成してみたんですが、これが限界。これが24ページだったら描けなかったんじゃないかなあ。


【理想の漫画】

――森さんにとって、理想の漫画とはどういうものですか？

森：えーと、面白い漫画。あと、なんだろ、明るい漫画がいいなあと。明るくて、面白くて、変に教訓的でもなくて、人をあんまり攻撃するような漫画じゃなくて、純粋な質の高い娯楽っていうのかな、そういうのが理想です。
ヴィクトリア朝という時代背景も実は娯楽の道具立てです。見たことのないものを見るのはやはり面白いですし、歴史の勉強をしましょうというものじゃなくても、興味のある人はそこから自分で調べるかもしれないし、ぜんぜん興味がなくても読んで面白いので。

――時代背景についてはきちんと考証して、こだわって描く？

森：できる限り。できないとこまではできない。やはり研究者ではないので、描きあがるまで出版社は待ってくれません。時間切れになるまでは最大限やりますけど。時代考証も面白い漫画のためのもので、時代考証のための漫画ではありません。


【次回作について】

――ちょっと気が早いですが、『エマ』外伝を終わらせたあと、次回作の具体的な構想などはありますか？

森：描きたいのはいくつかあるんですけど、ちゃんと考えないと連載にはならないのでいろいろと調べ物をしていたりします。
『エマ』はプロットが非常にシンプルだったので、次はお話そのものが面白い漫画を描きたいですね。お話そのもので読ませられるように。えーと、ちょっと考えているのが、稀覯本とハイヒール漫画とか。　

――稀覯本とハイヒールですか？

森：稀覯本というか、本のお話です。本の歴史とハイヒール。それで当然のようにメイドが出てきたりとか。やりたい放題です。
ドイツの全寮制女子高を舞台にした学園漫画もやってみたいです。明るくて楽しくて、できるだけ説教臭のしないものを。なんで娯楽作品に説教されなきゃいけないんだ！　と思ってしまうので。あとは、メイドのアホ漫画か。『愛のドボン』というのが仮タイトルです。

――『愛のドボン』？　なんですか、それ？

森：旦那様の調教漫画。メイドと執事が、そこらへんからさらってきた男を理想の旦那様にムリヤリ仕立てあげるというお話なんです（笑）




次回、森薫インタビューその４は、【メイドへのこだわり（ヴィクトリア朝編）】と題し、メイドに対するあくなきこだわりから、ヴィクトリア朝文化の魅力まで、ぞんぶんに語っていただきます。お楽しみに！