森薫インタビューその２　『エマ』のできるまで



【『エマ』のできるまで】

――昔から漫画家を志されていたんですか？

森：絵については物心ついた頃から描いていたんです。チラシの裏レベルですけど。ただ、物語が作れないのとコマが割れないので、漫画家になれるとは考えてませんでした。

――同人を始めたきっかけは？

森：高校に入って、同人がどういうものなのかを知りました。友達と一緒にイベントにも何回か出たことがあるんですが、アニパロの雰囲気にはちょっと馴染めないな、と思って。

――その後、本格的な同人活動に入られるわけですね。

森：なぜかコミティア_＊出身作家に思われがちなんですけど、デビュー以前でコミティアに参加したのは、ほんの１回、２回だけなんです。その前はコスチュームカフェ_＊という制服系同人誌即売会を中心に活動をしていました。いろんな制服が出ていて、とても楽しかったですよ。

＊　コミティア：オリジナル作品限定の創作同人誌即売会。
＊　コスチュームカフェ：アニメ・ゲーム・オリジナルを問わないが、普段着はＮＧという制服系同人誌即売会。メイドコスプレで参加する人も数多い。

――同人活動はしていたけれど、プロの漫画家になろうとは考えていなかった？

森：当時は１巻の最初レベルですから。これでなんとかなれると思ってたら、相当に傲慢です。漫画家になれればいいなあ、と漠然と考えてはいましたけど、なれればいいなあ、というのは実際になろうとはしていないんですよね。新人賞に応募などもしていませんでした。

――では、プロデビューのきっかけはなんだったんでしょう？

森：コミックビーム_＊の編集さんに声をかけていただきました。
編集さんが読者ページに４コマ漫画を描けそうな作家を探していて、ネットを巡回しているうち、たまたま私のページ_＊を見つけたんです。「うちで４コマを描きませんか？」とのメールを戴きました。同人で漫画を描いている_＊と伝えたら、「じゃあ、本を見せてよ」。お会いして同人誌を見せたら、「やっぱり連載にしませんか？」と。とにかくびっくりしました（笑）。

＊　株式会社エンターブレインから刊行されている月刊漫画誌。毎月12日発売。公式ページ：空間コミックビーム
＊　伯爵夫人の昼食会
＊　個人サークル「LadyMaid」として活動。同人時代に発表した「Shirley Medison１・２」、「MaryBanks」、「僕とネリーとある日の午後」の４冊は前回紹介の初期作品集『シャーリー』に収録されている。


――連載の話が来た時から、メイド漫画を描こうと決めていたんですか？

森：いいえ、ぜんぜん。提出するネーム_＊が形にならなくて、１年ぐらいは出しても出しても、ボツ、ボツ、ボツ、ボツ……。あれぇ？　って。
痺れを切らせた担当編集さんに「なんだったら描けるの？」と訊かれたんで「メイドだったら……」と答えたら、「だったら描けるやつをやればいいんじゃない」と。要は、メイドしか描けなかったんですね！　できることから始めよう！

＊　ネーム：コマ割り、構図、台詞などをおおざっぱに描いた、漫画の設計図のようなもの。　
　

【ウィリアムはいなかった？】

――得意のメイドとのことで、『エマ』のストーリーはすぐできあがったんですか？

森：最初は前後編の予定だったんですが、話を増やして全４話に、またちょっと増やして全８話の短期連載にするつもりで、とりあえず１話だけ描いてみたら、だめだこりゃ、もっと長くなりそうだ。そうして描いてるうちにハキムが出てきて、８話で終わらせるのもこりゃ無理かな、と。じゃあ３巻くらいならいけるかな、と思ったんですが、それもやっぱり無理で、６巻ぐらいならなんとかなるかな？　結局、終わらせるのに７巻かかりました。

――始まりの頃の物語はのどかですよね。エマとウィリアム、ふたりの階級差問題もそれほど深刻ではなくて。

森：当時はのどかなお話しか描けなかったんです。そもそも没バージョンの『エマ』にはウィリアムがいなくて、エマとケリーのふたりでした。ラブロマンスですらなかった。

――ウィリアムのいない『エマ』って、どんなお話だったんですか？

森：『エマ　ヴィクトリアンガイド』に収録されている８ページ漫画「特別編　ある日の晩餐」とほとんど同じです。あれよりもさらにヌルい話が、だらだらと続いて。
（猫を指差して）準主役はこいつでした。メイド、女主人、猫でいったいどうしろというんだ！

――ラブロマンスにする必要から、ウィリアムを登場させたんですね。

森：そうです。ウィリアムをでっちあげました。弱っちいやつとして作ってしまいましたね。でも、ウィリアムがカッコいいキャラだったら、物語は３巻で終わっていたはずです、きっと。






【デビューしてから四苦八苦】

――連載デビューということで苦労はありましたか？

森：短編を同人で描いたくらいで、下積みで漫画修行したわけでもなく、とにかく漫画の経験がありませんでした。だから男のキャラクタを作ろうとするとぜんぶ同じ造形になってしまう。コマってどうやって割ればいいんですか？　って、コマ割りにも四苦八苦して。本当にど素人でしたね。画材の知識はない、トーンは削れない、締め切りは破りまくりでした。それで連載させてくれるんだから、すごいですよね。太っ腹だよな、とか思います。

――現在の森さんはいかがですか？

森：ははははは（乾いた笑い）。さすがに手は速くなりましたが、結局ずーっと描き込んじゃうんであいかわらず原稿は遅いです。ネームにもものすごく時間がかかります。絵はずっと描いてきてたんでまだ大丈夫なんですけど、ネームを切るのなんてここ３、４年のことだし、漫画の作り方が本当にわかりません。


【『エマ』の元ネタはダンス映画？】

――ストーリー作りも難航したんですね？

森：とにかく何も描いたことがなかったんで、わかりやすくて、ストレートでベタなお話を一回描いてみようと思いました。いきなりひねくれたものなんて描けませんし。
参考にしたのが、映画『ダンシング・ヒーロー』。社交ダンス界の貴公子と、ダンススクールに数合わせにいるような下っ端の女の子の、身分違いの恋を描いた映画です。
シンプルな脚本で参考にしやすかったんで、編集さんとの打ち合わせの時にも、こう机の横に置いて。この作品が元ネタだってことは、結局連載の最後まで誰にも指摘されませんでした。




次回、森薫インタビューその3は、【漫画家・森薫】と題し、文化庁メディア芸術祭受賞の心境から森薫の考える理想の漫画、そして『エマ』を経ての次回作構想など、漫画家・森薫をクローズアップしてみます。お楽しみに！