「UriahHeepのライブがあって、そのライブのゲストの話があるんだけど」
「ユ、ユーライヤヒープ????」
LOUDNESS初のカリフォルニアツアーが始まるその日、マネージャーがおもむろに言った。
ユライヤヒープと言えば、すでに70年代ロックバンドのレジェンド(伝説)的存在であった。
高校生の頃、僕はシャラから幾度と無くレコードを借りていてよく知っていたし、そのバンドのゲストに出られるなんて光栄な話であった。
「ど、どこでそのライブがあるのですか?」
誰かがダニーに聞いた。
「サンフランシスコのどこかのクラブだと思うけど」
「クラブですか・・・へぇ~あんな有名なバンドでもクラブなんですね」
「そんなものだよ!」
ダニーが平然と言った。
ユライヤヒープがクラブでやるのか・・・
僕は意外だと思った。
日本なら間違いなく2000人クラスのホールか、もしかしたら武道館クラスかも・・と色々考えた。
ちなみに、クラブとは日本で言うところのライブハウスである。
僕の数人のアメリカの友人に聞いたところ、アメリカでは「ライブハウス」と言う言葉は使わないけど、彼らが「ライブハウス」と聞けば、「ロック」より「ストリップショー」をイメージするそうだ。
音楽を演奏するような日本で言うところの「ライブハウス」は、アメリカでは「クラブ」と言うことを始めて知った。
午前中にこのユーライヤヒープの話があったけど、なんと午後にはそのライブがキャンセルになっていた。
「もはやキャンセルかい!はや~~~!ほんまかいな!!」
「こんなこと良くあるよ」
ダニーがまたまた平然と言った。
(アメリカのライブ事情は我々日本国内ではあまり考えられないような事態が起こるようだ!)
その時は唖然としたけれど、その後スケジューリングからタイムスケジュールにいたる、アメリカ独自のコンサート/ライブ運営法に慣れるのも早かった。
80年代にサンフランシスコのベイエリアと呼ばれる場所からLAZZ ROKIT, EXODUS,DEATH ANGEL,TETAMENTなど、スラッシュメタルバンドが沢山誕生してベイアリアが「スラッシュクランチの発祥の地」と呼ばれるようになった。
その同じ時代に、奇しくも遠い日本からLOUDNESSが吸い寄せられるようにこのベイエリアに来たのも何か因縁深いものを感じる。
何度も言うようだが、初めてサンフランシスコへ行った頃、サンフランシスコとヘビーメタルやハードロックが同列にイメージ出来無かった。
サンフランシスコのロックと言えば、漠然とだが、ほのぼのとした街のイメージと共に、あくまでもサーフィンロックやジャニスジョップリンなどのサイケデリックロック、サザンロックなどのレイドバックしたロックのイメージしか沸いてこなかったのだ。
ところが、実際はそうでは無かったのだ。
若者は激しいロックに飢えていた。
ヘビーでハードでスピード感のあるロックに飢えていたのである。
サンフランシスコ到着後、僕たちはあるヘビーメタル専門レコードショップへ招かれた。
「このレコード屋さんはサンフランシスコで絶大な影響力を持っているメタル専門店だよ」
ダニーが説明してくれた。
確かにそこは普通のレコード屋ではなかった。
アンダーグランドのメタルロック専門店で、世界中からメタルレコードを輸入していた。
勿論、日本からもだ。
そこの店長はメタル命のおっさんだった。
我々が店に入った時、すでに店には熱心なメタルファンで一杯だった。
お客さんは皆非常に若くて、恐らく14~16歳頃だろう。
彼らは皆、黒の革ジャンにお気に入りのメタルバンドのロゴをあしらい、鋲のついたベルト、リストバンド、長髪と言った絵にかいたようなメタルキッズファッションだった。
今風に言えば「ベイエリアのメタルオタクの巣窟」と言えよう。
我々が店内に入るとすぐさま「LOUDNESS!!!!」と叫びお客さんが近寄ってきた。
彼らは我々が店に来る情報をすでに掴んでいて我々を待っていてくれたのだ。
彼らは身に着けているファッションは怖いけれど、あどけない笑顔で抱きつき、まくし立てた。
「LOUDNESS!!俺たちはずっとお前たちがアメリカに来るのを待っていたんだよ!!」
ダニーが通訳してくれた。
我々はそこの店で、ベイエリアのファンジン(メタルファンの同人誌みたいなもの)の取材を受けた。
当然我々にとってはアメリカで始めてのメディア取材となった。
彼らにとって、我々はまさに『エイリアン』だったに違いない。
東洋人によるメタルバンド・・・・。
彼らには聞きたいことが山ほどあった。
「日本のメタル事情は?」「我々の音楽的バックグラウンドは?」「日本のメタルライブの様子」「LOUDNESSのようなバンドが他に日本には多くいるのか?」「日本人はロックをいつ頃から聴き始めるのか?」「そもそもロックはポピュラーな音楽なのか?」「親の世代はロックやメタルに関してどう思っているのか?」「楽器は簡単に手に入るのか?どこで買うのか?」「楽器は自己流で習得したのか?」「学校の先生はメタルをどう思っているのか?」「メタルを職業にして親はなんと言っている?」、はたまた「日本には未だに侍はいるのか?」「刀を持っているのか?」「LOUDNESSもちょんまげやふんどしをするのか?」「いつちょんまげをするのか?」「寿司やてんぷらばかり食べるのか?」・・・
彼らの僕たちへの興味は尽きないようだった。
逆に僕は聴いた。
「LOUDNESSのメタルはどうだい?」
彼らは大声で真っ赤な顔で答えてくれた。
「ユニークだ!とても日本的だ!俺たちには無いグルーブやバイブレーションに溢れている!ミステリアスだ!とにかく凄い!ロックしている!メタルだ!!!!」
ここサンフランシスコにはシャレにならないほどの熱心なメタルファンがいると思った。
そして後日、案の定、このベイエリアメタルキッズは世界のロックシーンを塗り替えるほどの巨大な力となりその影響力は絶大なものとなった。
「LOUDNESS!!ライブを楽しみにしているよ!!」
我々が表敬訪問したレコード店を出る時にあっちこっちでお客さんが声をかけてくれた。
"BURNING LOVE!!" "ANGEL DUST!!" "IN THE MORROR!!""YEAH!!!!"
店内のあちこちで曲名を叫び、歓声があがった!
サンフランシスコは我々が想像していたのとは違った、本格的なメタルの街であった。
僕はこれから始まるアメリカライブが凄いことになるような予感がした。
